google-site-verification: google0f9f4f832944c3e4.html

最重要判例200判例名

1.国鉄鹿児島自動車営業所事件

業務命令の適法性

鉄道会社が駅員に対して、火山の降灰除去作業に従事するべきとする命令は適法か。

2.バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件

人事権行使の限界

人事権の行使は、どのような場合に権利濫用となるか。

3.イースタン・エアポートモータース事件

業務命令と労働者の私的自由

口ひげをそるよう求める業務命令に違反したハイヤー運転手に対する下車勤務命令は有効か。

4.関西電力事件

労働者のプライバシー保護

職場でのプライバシー侵害行為について、使用者は損害賠償責任を負うか。

5.F社Z事業部事件

電子メールの監視とプライバシー

F社Z事業部事件 使用者による労働者のメール監視行為は、プライバシー侵害にあたるか。

6.B金融公庫事件

健康診断とプライバシー

労働者に無断でB型肝炎の検査をし、感染者であることを理由として採用を拒否する行為は適法か。

7.読売新聞社事件

就労請求権

解雇が無効であった場合に、労働者は就労を求める権利を有するか。

8.フォセコ・ジャパン・リミテッド事件

競業避止特約の有効性

退職後の競業行為を制限する特約に基づく差止め請求は認められるか。

9.三晃社事件

競業避止義務違反の場合の退職金の没収・減額

競業避止義務に違反した場合に、退職金の半額を減額するという約束は有効か。

10.メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件

   秘密保持義務

   労働者は、どのような場合に秘密保持義務違反の責任を負うか。

11.ラクソン事件

   引抜行為の適法性

   退職後に、元の会社の従業員を引き抜く行為は適法か。

12.茨石事件

   労働者の損害賠償責任の制限

   使用者は、労働者が第三者に及ぼした損害を賠償した場合、その労働者にどこまで求償できるか

13.商大八戸ノ里ドライビングスクール事件

   労使慣行の効力

   労働協約に反する労働者に有利な慣行は、どのような場合に拘束力をもつか。

14.パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件

   黙示の労働契約の成否

   いわゆる偽装請負の事案で、黙示の労働契約の成立を否定した例。

15.黒川建設事件

   法人格否認の法理(1)

   法人格否認の法理に基づき、未払退職金等について、グループの中核会社等に対する請求権が認められた例。

16.第一交通産業ほか(佐藤第一交通)事件

   法人格否認の法理(2)

   子会社間での事業譲渡の偽装解散について、親会社はどのような責任を負うか。

17.三菱樹脂事件

   採用の事由

   使用者は、労働者の思想、信条を理由に、採用を拒否してもよいか。

18.日新火災海上保険事件

   採用の際の労働条件明示

   採用の際に労働条件について不十分な説明しか受けていなかった場合、労働者はどのような救済を求めることができるか。

19.大日本印刷事件

   採用内定

   採用内定の取消しは、どのような場合に有効となるのか。

20.神戸弘稜陵学園事件

   有期労働契約と試用期間

   使用目的で有期労働契約を締結することはできるか。

21.福原学園(九州女子短期大学)事件

   試用目的の有期労働契約

   3年を上限とする有期雇用の短大講師の無期雇用への移行が認められなかった例。

22.関西電力事件

   懲戒権の根拠

   勤務時間外において、職場外で、使用者を誹謗中傷するビラを配布する行為に対する譴責処分は有効か。

23.ネスレ日本事件

   懲戒権の濫用

   上司に対して暴力をふるった労働者に対して、約7年後の不起訴処分の後に行われた諭旨解雇処分は有効か。

24.山口観光事件

   懲戒処分自由の事後的追加

   懲戒処分後に判明した非違行為を処分理由に追加することは認められるか

25.電電公社目黒電報電話局事件

   懲戒処分(1)職場内での政治活動

   職場内での政治活動等を理由とする戒告処分は有効か。

26.西日本鉄道事件

   懲戒処分(2)所持品検査拒否

   電車運転者が脱靴検査命令に従わないことが、懲戒解雇事由に該当するか。

27.横浜ゴム事件

   懲戒処分(3)私生活上の犯罪

   工員が酔って住居侵入をして罰金刑を受けたことが、懲戒解雇事由に該当するか。

28.炭研精工事件

   懲戒処分(4)経歴詐称

   高卒以下を募集していた工員の仕事に、大学中退の労働者が、

最終学歴を低く偽って応募したことが、懲戒解雇事由に該当するか。

29.富士重工事件

   懲戒処分(5)調査協力義務違反

   同僚従業員の就業規則違反行為についての調査に協力しないことが、懲戒事由に該当するか。

30.小川建設事件

   懲戒処分(6)無許可兼業

   無許可兼業を理由とする解雇は有効か。

31.大阪いずみ市民生活協同組合事件

懲戒処分(7)内部告発

生協の不祥事を内部告発したことを理由とする懲戒解雇は有効か

32.日本ヒューレット・パッカード事件

   懲戒処分(8)長期間の無断欠勤

   精神的な不調により長期間無断欠勤した労働者に対する諭旨退職は有効か。

33.海遊館事件

   懲戒処分(9)セクシャル・ハラスメント

   上司による部下の派遣労働者に対するセクハラ発言を理由とした出勤停止処分が有効とされた例。

34.東亜ペイント事件

   転勤命令の有効性(1)

   転勤命令は、どのような場合に有効となるか。

35.ケンウッド事件

   転勤命令の有効性(2)

   共稼ぎで育児を分担している夫婦に対する、育児に支障をきたすような転勤は、

「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」となるか。

36.日産自動車事件

   職種変更命令の有効性

   長期にわたって機械工として働いてきた工員を、別の職種に変更するの命令は有効か。

37.日本ガイダント事件

   降格的配転

   賃金の低下をともなう配転命令の有効性。

38.新日本製鐵事件

   出向命令の有効性

   他社への業務委託にともない、労働者の同意なしに発せられたその他社への出向命令は有効か。

39.三和機材事件

   転籍命令の有効性

   使用者は、労働者の同意なしに転籍を命じることができるか。

40.JR東海事件

   傷病休職

   傷病休職期間満了時において従来の職務に復帰できない労働者を退職扱いとすることはできるか。

41.全日本空輸事件

   起訴休職

   私生活において、傷害事件を起こして略式起訴された航空機機長に対する無給の起訴休職処分は有効か。

42.芝信用金庫事件

   昇進・昇格差別

   昇格差別を受けた女性労働者に昇格請求権は認められるか。

43.アーク証券事件

   職能資格の降格

   降格により賃金の引下げは、どのような場合に認められるか。

44.東京都自動車整備振興会事件

   役職の降格

   役職にふさわしくないという理由による、副課長から係長への降格は有効か。

45.エーシーニールセン・コーポレーション事件   

   昇公正査定

   成果主義型の査定について、使用者の裁量はどこまで認められるべきか。

46.日本食塩製造事件

   解雇権の濫用

   ユニオン・ショップ協定に基づく解雇は有効か。

47.高知放送事件

   就業規則に基づく解雇

   寝過ごしにより2度の放送事故を起こしたアナウンサーに対する解雇は有効か。

48.セガ・エンタープライズ事件

   能力不足を理由とする解雇

   成果主義型の査定について、使用者の裁量はどこまで認められるべきか。

49.敬愛学園事件

   信頼関係の喪失を理由とする解雇

   経営者の信用を失墜させる行為をした労働者に対する解雇は有効か

50.ナショナル・ウエストミンスター銀行(第3次処分)事件

   就業規則に記載された解雇事由の意味

   会社の経営戦略の転換によりタンおとう業務がなくなった労働者に対する解雇は有効か

51.東洋酸素事件

   整理解雇の有効性(1)

   事業部門閉鎖にともなう全員解雇は有効か

52.千代田化工建設事件

   整理解雇の有効性(2)

   分社化にともなう転籍を拒否した労働者に対する解雇は有効か。

53.日本航空事件

   整理解雇の有効性(3)

   会社更生法手続下でなされた整理解雇の有効性は、どのように判断するべきか。

54.いずみ福祉会事件

   解雇期間中の賃金と中間利益

   解雇期間中の得べかりし賃金から、同じ期間内に他で働いて得た賃金はどこまで控除できるか。

55.吉村・吉村商会事件

   解雇と不法行為

   分社化にともなう転籍を拒否した労働者に対する解雇は有効か。

56.学校法人専修大学事件

   解雇制限期間と打切補償

   労災で休学中の労働者に打切補償相当額を支払うことにより解雇は可能となるか。

57.細谷服装事件

   労働基準法20条違反の解雇の効力

   解雇予告規定に違反して行われた解雇は有効か

58.スカンジナビア航空事件

   変更解約告知の有効性

   新しい労働条件での雇用契約の締結の申し込みを拒否したことを理由とする、

従来の雇用契約の解約は有効か。

   59.大隅鐵工所事件

   退職の意思表示の撤回

   労働者は、退職の意思表示を、いつまでなら撤回することができるか。

60.日本アイ・ビー・エム事件

   退職勧奨の適法性

   退職勧奨は、どのような場合に違法となるか。

61.神奈川信用農業協同組合事件

   早期退職優遇制度の適用

   使用者が早期退職優遇制度の適用を承認しなかった場合、労働者は同制度に基づく

割増退職金を請求することができないか。

62.ツダ電気計器事件

   定年後の継続雇用

   定年後の雇用継続を拒否する雇止めを無効とした例。

63.長澤運輸事件

   定年後の賃金の引下げの適法性

   定年退職後の有期の嘱託社員と無期の正社員との間の賃金格差は不合理なものか。

64.トヨタ自動車事件

   定年後再雇用時の労働条件

   定年後再雇用時に提示された職務を拒否したために再雇用がなされなかった場合の高年法違反の成否。

65.東芝柳町工場事件

   有期労働契約の雇止め

   基幹的臨時工の有期労働契約の長期にわたる反復更新後の雇止めは有効か。

66.伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件

   派遣労働者の雇止め

   同一派遣先で長期的に派遣労働に従事した後、労働者派遣契約が打ち切られた場合、

派遣元からの雇止めは有効か。

67.中野区(非常勤保育士)事件

   地方公務員法上の非常勤職員の再任用拒否

   任期付きの非常勤保育士(地方公務員)は、再任用拒否の違法性を争うことができるか。

68.本田技研工業事件

   不更新条項の効力

   不更新条項が挿入された有期労働契約の終了時に、雇止め制限法理は適用されるか。

69.河合塾事件

   有期労働契約の雇止めと変更解約告知

   予備校の非常勤講師が、期間1年の出講契約の多年にわたる更新後、担当授業数の削減に

応じなかったために更新がなされなかったことの違法性。

70.プレミアライン事件

   有期の派遣労働者に対する中途介助の有効性

   派遣先会社により労働者派遣契約の解除がなされた場合、派遣元会社による

有期の派遣労働者に対する期間途中での解雇は有効か。

71.丸子警報器事件

   賃金格差と不法行為

   正社員と非正社員のとの賃金格差について、不法行為による損害賠償請求が認められた例

72.ハマキョウレックス事件

   賃金格差の不合理性

   正社員と契約社員との間の各種手当の格差は不合理か。

73.東京日新学園事件

   事業譲渡(1)

   事業譲渡にともなう労働契約の承継排除が肯定された例。

74.勝英自動車学校(大船自動車興業)事件

   事業譲渡(2)

   事業譲渡にともなう労働契約の承継排除が否定された例。

75.日本アイ・ビー・エム事件

   会社分割と労働契約継承法

   会社分割にともなう労働契約承継を、事業に主として従事する労働者は、拒否することができるか。

76.秋北バス事件

   就業規則の法的性質

   就業規則の変更により定年制を新設し、定年を超えていることを理由に労働者を

解雇することは許されるか。

77.電電公社帯広電報電話局事件

   就業規則による労働契約内容の規律

   就業規則に規定に基づく健康診断受診命令に労働者は従わなければならないか

78.フジ興産事件

   就業規則の周知

   周知されていない就業規則の効力はどうなるか。

79.第四銀行事件

   就業規則の不利益変更の合理性(1)

   定年延長にともなう就業規則の変更により、労働者の従来の定年後の賃金を不利益に変更できるか。

80.みちのく銀行事件

   就業規則の不利益変更の合理性(2)

   就業規則の変更により、高年従業員の賃金を不利益に変更できるか。

81.山梨県民信用組合事件

   労働者の同意による就業規則の不利益変更

  労働者の同意による就業規則の不利益変更は、どのような場合に認められるか。

82.シーエーアイ事件

   就業規則の不利益変更と不可変更特約

   個別的に合意された労働条件を、就業規則により引き下げることは認められるか。

83.東京電力(千葉)事件

   政治的思想による差別と損害賠償

   共産党シンパであることを理由として査定差別された労働者は、使用者に

損害賠償請求することが認められるか。

84.兼松事件

   男女同一賃金の原則

   男女別コースに基づく男女の賃金格差について、損害賠償請求は認められるか。

85.十和田観光電鉄事件

   公民権行使の保障

   市議会議員に当選した従業員に対する懲戒解雇は有効か。

86.野村証券事件

   違約金の約定

   海外留学後に退職した労働者に対する留学費用の返還請求は認められるか。

87.労働基準法上の労働者

   横浜南労基署長(旭紙業)事件

   傭車運転手に対する労災保険の適用は認められるか。

88.片山組事件

   労務の不提供と賃金請求権

   病気で自宅療養中の労働者が、従来よりも軽易な仕事をすると申し出て、使用者が断った場合に、

賃金請求は認められるか。

89.日本システム開発研究所事件

   年棒制

   年棒制が適用されている労働者の次年度の年棒額について合意が成立していない場合、

次年度の年棒額はどのようにして決定されるのか。

90.電電公社小倉電話局事件

   賃金直接払いの原則

   使用者は。労働者から退職金債権を譲り受けた者に、退職金を支払わせなければならないか。

91.シンガー・ソーイング・メシーン事件

   賃金全額支払いの原則(1)

   労働者による退職金債権の放棄は有効か。

92.日新製鋼事件

   賃金全額支払いの原則(2)

   労働者の退職金債権と使用者の労働者に対する債権とを相殺する合意は有効か。

93.福島県教組事件

   賃金全額支払いの原則(3)

   過払い賃金の清算のための調整的相殺は、そのような場合に有効と認められるか

94.ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件

   賃金減額合意の有効性

   賃金減額に対する合意は、どのような場合に有効に成立したものとされるか。

95.大和銀行事件

   賃金の支給日在籍要件

   賞与の支給日に在籍していることを、賞与の支給要件とすることは認められるか。

96.小田急電鉄(退職金請求)事件

   懲戒解雇と退職金

   懲戒解雇の場合の退職金不支給は有効か

97.松下電器産業グループ事件

   企業年金の減額

   退職者が受給中の企業年金を、会社が一方的に減額することは認められるか。

98.三菱重工長崎造船所事件

   労働時間の概念

   本来の業務の準備行為に要した時間は労働時間か。

99.大星ビル管理事件

   仮眠労働時間の労働時間性

   実作業に従事していない仮眠時間は、労働時間か

100.JR西日本(広島支社)事件

    変形労働時間制

    変形労働時間制における労働時間の特定要件は、どのような場合に満たされるか。

   

101.阪急トラベルサポート(第2)事件

    事業場外労働のみなし労働時間制

    旅行添乗員の業務は、「労働時間を算定し難いとき」に該当せず、

みなし労働時間制を適用できないとした例。

102.日立製作所武蔵工場事件

    時間外労働命令の有効要件(1)

    使用者は、就業規則の規定に基づき、時間外労働を命じることが認められるか。

103.トーコロ事件

    時間外労働命令の有効要件(2)

    三六協定の締結主体としての過半数代表者は、どのように選ばれなければならないか。

104.医療法人康心会事件

    割増賃金

    病院医師の割増賃金の基本給組入れ合意の有効性。

105.三菱重工横浜造船所事件

    休日の振替

    休日の振替は、どのような場合に認められるか。

106.日本マクドナルド事件

    管理監督者

    ファーストフード店の店長は管理監督者に該当するか

107.林野庁白石営林署事件

    年次有給休暇権の発生要件(1)

    年休の取得に使用者の承諾は必要か。

108.八千代交通事件

    年次有給休暇権の発生要件(2)

    無効な解雇による不就労期間は、年休の出勤率要件の算定において出勤日扱いとなるか。

109.電電公社弘前電報電話局事件

    時季変更権の有効性(1)

    交代制で働く労働者の年休の時季指定について、使用者が状況に応じた

配慮をせず勤務制の変更をしなかった場合の時季変更権の行使は有効か。

110.時季変更権の有効性(2)

    電電公社此花電報電話局事件

    年休の取得後に行使された時季変更権は有効か。

111.時事通信社事件

    時季変更権の有効性(3)

    長期連続休暇に対する時季変更権の行使は有効か。

112.三菱重工長崎造船所事件

    計画年休

    労基法上の計画年休協定の定める年休日は、労働者に対して拘束力をもつか。

113.沼津交通事件

    年次有給休暇の取得と不利益取扱い

    年休による欠勤日を皆勤手当ての算定において欠勤扱いとすることは違法か。

114.行橋労基署長(テイクロ九州)事件

    業務上の負傷・死亡

    歓迎会に参加後の事故と業務遂行性

115.横浜南労基署長(東京海上横浜支店)事件

    業務上の疾病

    過労により発症した脳疾患について業務起因性が認められるか。

116.地公災基金愛知県支部長(瑞鳳小学校)事件

    治療機会の喪失

    発症には業務起因性がない場合でも、その後の業務の遂行により治療の機会が

奪われたために症状が悪化した場合には、業務起因性が認められるか。

117.豊田労基署長(トヨタ自動車)事件

    過労自殺と労災

    過労によりうつ病に罹患して自殺した場合、業務起因性は認められるか。

118.静岡労基署長(日研化学)事件

    いじめ自殺と労災

    職場でのいじめによる自殺について、業務起因性が認められるか。

119.陸上自衛隊八戸車両整備工場事件

    安全配慮義務(1)

    安全配慮義務とは何か。

120.川義事件

    安全配慮義務(2)

    宿直中の従業員が強盗により殺害された場合において、使用者は安全配慮義務違反は認められるか。

121.電通事件

    過労自殺と使用者の安全配慮義務

    労働者の過労による自殺について、使用者の安全配慮義務違反は認められるか。

122.大庄ほか事件

    労働災害と取締役の損害賠償責任

    労働者が長時間労働により死亡した場合において、取締役も損害賠償を負うか。

123.三菱重工神戸造船所事件

    直接的な雇用関係がない者に対する安全配慮義務

    下請会社の従業員の、作業場での騒音を原因とする聴力障碍について、

元請会社に安全配慮義務違反が認められるか

124.神奈川都市交通事件

    労災保険給付と労働基準法上の災害補償責任

    業務災害により休業中であった労働者が、症状固定により労災保険法上の

休業補償給付を打ち切られた場合、労基法上の休業補償の支給を請求することが認められるか。

125.三共自動車事件

    労災保険給付と民事損害賠償との調整(1)

    民事損害賠償から、労災保険の将来給付分を控除することは認められるか。

126.コック食品事件

    労災保険給付と民事損害賠償との調整(2)

    特別支給金を、民事損害賠償の損害額から控除することが認められるか。

127.フォーカスシステムズ事件

    労災保険給付と民事損害賠償との調整(3)

    遺族補償年金と調整対象となるのは、逸失利益の元本部分だけか、

遅延損害金を含むか。遺族補償年金の支給により損害が填補されたと評価される時点はいつか。

128.高田建設事件

    労災保険給付と民事損害賠償との調整(4)

    民事損害賠償の額について、被災労働者の過失分の減額は、

労災保険給付を控除する前に行うべきか、控除した後に行うべきか。

129.小野運送事件

    第三者行為災害と示談

    第三者行為災害について、加害者と被害者との間で示談が成立した場合、

それは労災保険給付の支給額に影響するか。

130.羽曳野労基署長事件

    通勤災害

    介護目的での通勤経路からの逸脱後の災害は、通勤災害に該当するか。

131.三陽物産事件

    間接差別

    勤務地限定勤務の女性従業員の賃金を勤務地非限定勤務の男性従業員よりも低くすることが、

女性であることを理由とする賃金差別に該当するか。

132.福岡セクシャル・ハラスメント事件

    セクシャル・ハラスメント

    同僚従業員によるセクシャル・ハラスメントについて、使用者は損害賠償責任を負うか。

133.東朋学園事件

    産前産後の休業と賞与の出勤要件

    法律によって保障されている休業期間は、賞与の支給要件との関係で欠勤扱いにしてよいか。

134.広島中央保健生活協同組合事件

    妊娠中の軽易業務への転換と不利益取扱い

    妊娠中の女性の請求による軽易作業への転換にともなう降格が、

男女雇用機会均等法9条3項の禁止する不利益取扱いに該当するか。

135.医療法人稲門会(いわくら病院)事件

    育児休業の取得と不利益取扱い

    3か月以上の育児休業を取得した労働者を翌年度の昇給を行わなかったことが、

育児介護休業法10条に反するか

136.ルフトハンザ事件

    国際労働契約における準拠法の選択

    外国法人で働く日本人労働者に対しては、どの国の法律が適用されるか。

137.改進社事件

    外国人労働者の逸失利益

    オ-バーステイの外国人労働者が労災に遭った場合の逸失利益は、どのように算定されるか。

138.INAXメンテナンス事件

    労働組合法上の労働者性

    業務委託契約を締結しているカスタマーエンジニアは、労組法上の労働者か。

139.ゼメダイン事件

    管理職組合の労働者性

    管理職だけで組織された労働組合からの団体交渉を、会社が拒否することは認められるか。

140.大阪教育合同労組事件

    混合組合の労働組合性

    地方公務員法の適用を受ける職員と労組法の適用を受ける職員とが混在する混合組合に、

不当労働行為救済における申立人不適が認められるか。

141.全ダイエー労組事件

    組合加入拒否の違法性

    労働組合は、会社の上級職制に対して組合員資格を否定することが認められるか。

142.東芝労働組合小向支部・東芝事件

    労働組合からの脱退の制限

    労働組合からの脱退を制限する合意を組合員と使用者がした場合、その合意は有効か。

143.三井倉庫港運事件

    ユニオン・ショップ

    ユニオン・ショップ協定締結組合から脱退し、別組合に加入した労働者への解雇は有効か。

144.三井美唄労組事件

    労働組合の統制権

    労働組合の方針に反して、地方議会議員選挙に独自に立候補して当選した

労働者に対して課された権利停止の統制処分は有効か。

145.中里鉱業所事件

    組合員の政治活動の制限

    国政選挙において、労働組合の決めた候補者以外の候補を応援する活動をした

組合員に対する除名処分は有効か。

146.国労広島地本事件

    組合員の協力義務

    労働組合の政治活動に関わる費用について、組合員は臨時組合費の納入義務を負うか。

147.エッソ石油事件

    チェック・オフ

    組合員から組合費のチェック・オフの中止の申し出があった場合には、

使用者はチェック・オフを継続してはならないか。

148.名古屋ダイハツ労組事件

    労働組合の分裂

    労働組合からの集団脱退により新たな労働組合が結成された場合に、組合財産の分割は認められるか。

149.旭ダイヤモンド工業事件

    複数組合の共同交渉

    企業内における複数の労働組合からの共同交渉の申込みに、使用者は応じなければならないか。

150.カール・ツァイス事件

    誠実交渉義務

    使用者は、どのような場合に誠実交渉義務をはたしたといえるか。

151.根岸病院事件

    義務的団交事項

    使用者は、初任給について、労働組合と団体交渉をする義務があるか。

152.国鉄事件

    団体交渉拒否に対する司法救済

    団体交渉を求める法的地位の確認請求はできるのか。

153.都南自動車教習所事件

    労働協約の成立要件

    労働組合を使用者との間の書面化されていない合意にも規範的効力が認められるか。

154.朝日火災海上保険(石堂)事件

    労働協約の規範的効力(1)

    退職金基準や定年年齢を引き下げる労働協約に規範的効力は認められるか。

155.中曽根製作所事件

    労働協約の規範的効力(2)

    高年齢組合員の賃金を変更する労働協約に規範的効力は認められるか。

156.朝日火災海上保険(高田)事件

    労働協約の一般的拘束力

    労働協約の拡張適用による労働条件の不利益変更は認められるか。

157.ソニー事件

    労働協約の一部解約

    労働協約中の一部の条項を解約することは適法か。

158.香港上海銀行事件

    労働協約失効後の労働条件

    退職金協定が失効した場合でも、退職金の請求は認められるか。

159.弘南バス事件

    労働協約の債務的効力

    平和義務違反の争議行為の正当性は認められるか。

160.洋書センター事件

    労働協約中の事前協議的約款の効力

    労働協約中の事前協議約款に違反してなされた懲戒解雇は有効か。

161.全農林警職法事件

    公務員の労働基本権

    公務員の労働基本権を制限する公務員法上の規定は合憲か。

162.御國ハイヤー事件

    ピケッティング

    タクシー会社における、労働組合の争議行為としての車輛確保には正当性が認められるか。

163.三菱重工長崎造船所事件

    政治スト

    原子力船入港に反対する目的で行われたストライキに正当性が認められるか。

164.国鉄千葉動労事件

    抜打スト

    使用者のスト対抗措置に抗議するために前倒しで行われたストライキに正当性は認められるか。

165.新興サービス事件

    指名スト

    配転命令拒否の指名ストに正当性は認められるか。

166.水道機工事件

    争議行為と賃金

    出張・外勤拒否闘争として、使用者の業務命令に反して内勤業務に従事した労働者に対し、

賃金カットを行うことは認められるか。

167.三菱重工長崎造船所事件

    賃金カットの範囲

    争議行為の場合に家族手当をカットすることは許されるか。

168.ノース・ウエスト航空事件

    争議行為不参加者の賃金請求権

    部分ストの場合の争議行為不参加者に賃金請求権は認められるか。

169.書泉事件

    違法争議行為と損害賠償責任

    違法な争議行為に対して労働組合と組合員はともに損害賠償責任を負うか。

170.大成観光事件

    就業時間中の組合活動

    リボン闘争の正当性は認められるか。

171.国鉄札幌運転区事件

    企業施設を利用した組合活動(1)

    企業施設内における無許可のビラ貼付に対する懲戒処分は有効か。

172.済生会中央病院事件

    企業施設を利用した組合活動(2)

    無許可で開催された職場集会に対する警告書の交付等は、支配介入の不当労働行為に該当するか。

173.倉田学園事件

    ビラ配布

    学校の職員室内で組合活動として行うビラ配布行為に正当性は認められるか。

174.教育社事件

    街頭宣伝活動

    労働組合の組合員らに対する街頭宣伝活動等の差止めは認められるか。

175.山陽電気軌道事件

    争議行為時における使用者の操業継続の自由

    バス会社における争議対抗措置に対抗するための労働組合の車両確保戦術に、正当性は認められるか。

176.丸島水門製作所事件

    ロックアウト

    使用者はロックアウトにより賃金支払債務を免れることができるか。

177.第二鳩タクシー事件

    不当労働行為救済制度の趣旨・目的

    解雇が不利益取扱いに該当する場合の救済命令において、

バックペイから中間収入を控除しないことは適法か。

178.朝日放送事件

    不当労働行為の主体(1)

    社外の労働者を受け入れて自社の業務に従事させている会社は、

その労働者で組織される労働組合との団体交渉に応じなければならないか。

179.JR北海道・日本貨物鉄道事件

    不当労働行為の主体(2)

    国鉄からJRへの民営化の際の採用差別についてJRは不当労働行為責任を負うか。

180.クボタ事件

    不当労働行為の主体(3)

    派遣会社は、直用化が決まっただけで、まだ労働契約が成立していない派遣労働者との関係で、

労組法7条の使用者と認められるか。

181.北辰電機製作所事件

    不利益取扱い(1)

    労働組合内部に上部団体支持派と反対派がある場合、上部団体支持派に所属していることを

理由とする賞与差別や昇格差別は不利益取扱いに該当するか。

182.青山会事件

    不利益取扱い(2)

    事業譲渡の際に、譲渡先の組合員の採用を拒否したことは、不利益取扱いとなるか。

183.西神テトラパック事件

    不利益取扱い(3)

    配転は、どのような場合に不利益取扱いになるか。

184.JR東海(新幹線・科長脱退勧奨)事件

    職制の発言と支配介入

    下級職制の脱退勧奨は、どのような場合に使用者に帰責される支配介入が成立するか。

185.JR東海事件

    ビラの撤去と支配介入

    組合掲示板の掲示物の撤去は支配介入に該当するか。

186.日本アイ・ビー・エム事件

    支配介入と不当労働行為の意思

    不当労働行為意思は支配介入の成立要件か。

187.プリマハム事件

    使用者の言論と支配介入

    団体交渉決裂直後に発表された、労働組合の態度を批判する内容の社長声明文の発表は

支配介入に該当するか。

188.紅屋商事事件

    大量観察方式

    組合員に対する査定差別は、どのように認定すべきか。

189.東京書院事件

    会社解散

    解散した会社に対して、救済命令を発することができるか。

190.日本メールオーダー事件

    併存組合間の一時金差別

    併存組合双方に生産性向上に協力するという差し違え条件を提示して、

これを受け入れない労働組合に年末一時金を支給しないことは不当労働行為になるか。

191.日産自動車(残業差別)事件

    併存組合間の残業差別

    併存組合のうちの一方の労働組合に対してのみ残業を命じないことは支配介入に該当するか。

192.日産自動車(組合事務所)事件

    併存組合間の便宜供与差別

    併存組合のうちの一方の労働組合のみ組合事務所を貸与しないことは、不当労働行為となるか。

193.NTT西日本事件

    併存組合下における誠実交渉義務と中立保持義務

    使用者は、多数組合に対して経営協議会で行った資料の提示や説明を、

少数組合との団体交渉においても行わなければならないか。

194.ネスレ日本事件

    救済命令の裁量(1)

    自組合の組合員のチェック・オフされた組合費を別組合に支払う行為が支配介入にあたる場合に、

チェック・オフ相当額を申立組合に支払うよう命じる救済命令は適法か。

195.紅屋商事事件

    救済命令の裁量(2)

    査定差別の場合の救済命令の内容はどうあるべきか。

196.京都市交通局事件

    申立人適格

    支配介入の不当労働行為の救済について、個人申立ては認められるか。

197.紅屋商事事件

    継続する行為

    賃金差別に対する救済申立ての際の除斥期間の起算点はいつか。

198.旭ダイヤモンド工業事件

    組合員資格の喪失と救済利益

    労働組合は組合員資格を喪失した元組合員の救済を求めることができるか。

199.吉野石膏事件

    緊急命令

    緊急命令はいかなる場合に発することができるか。

200.ネスレ日本・日高乳業事件

    労働組合の消滅と救済命令の拘束力

    不当労働行為の救済命令が出された後、労働組合が消滅した場合に、

 

使用者が取消訴訟を提起することは適法か。

1 業務命令の違法性ー国鉄鹿児島自動車営業所事件

最2小判平成 5年 6月11日(平成元年(オ)1631号)

事案の概要

鉄道会社が駅員に対して、火山の降灰除去作業に従事するべきとする命令は違法か

 事実

鉄道会社Aは、経営上の危機に瀕するなか、経営能率の向上や職場規律の健全化等が、企業としての将来を決する重要な課題になっていた。AのB営業所も、職場規律の確立のために、職員の服装の乱れを是正するなどの指示を上級機関であるC自動車部からうけていた。そこで、B営業所の所長Y1は、職員に対し、勤務時間中ののワッペン、赤腕章の着用を禁止するとともに、氏名札と着用場所が競合するD労働組合の組合員バッジの着用を禁止し、着用者に対して取外し命令を発していた。組合員はバッジの取外し命令に従わない職員に対しては、本来の業務から外すようCから指示を受けていた。なお、組合員バッジの着用は、Aと対立的なD組合の組合員であることを勤務時間中に積極的に誇示する意味と作用を有し、勤務時間中にも職場内において労使間の対立を意識させ、職場規律を乱すおそれを生じさせるものであった。

 Aの職員であり、D組合の組合員でもあるXは、昭和60年7月23日、組合員バッジを着用したまま点呼を執行業務を行おうとしたため、Y1はバッジの取外し命令を発したが、Xはこの命令に従わなかった。そこで、Y1は、Xを点呼執行業務から外し、B営業所構内に降り積もった火山灰を除去する作業(降灰除去作業)に従事すべき旨の業務発令を発した。その後も同様の業務命令を発した日が、同年8月末までの間に9日あった。降灰除去作業は、かなりの不快感と肉体的苦痛を伴う作業であるが、B営業所の職場規律を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要なものであり、従来、Aの職員が必要に応じてこの作業を行うことがあった。

 Xは、降灰除去作業に従事すべき旨の業務命令は違法であるとして、Y1およびB営業所の首席助役Y2に対して、慰謝料の請求を求めて訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を認容した。そこで、Yらは上告した。

 判旨 原判決破棄、自判(Xの請求棄却)。

「降灰除去作業は、B営業所の職場環境を整備して、労務の円滑化、効率化を図るために必要な作業であり、また、その作業内容、作業方法からしても、社会通念上相当な程度を超える過酷な業務にあたるものともいえず、これがXの労働契約上の義務の範囲内に含まれるものであることは、原判決も判示するとおりである。

しかも、本件各業務命令は、Xが、Y1の取外し命令を無視して、本件バッジを着用したまま点呼執行業務をに就くという違反行為を行おうとしたことから、Cからの指示に従ってXをその本来の業務から外すこととし、職場規律維持の上で支障が少ないものと考えられる屋外作業である降灰除去作業に従事させることとしたものであり、職場管理上やむを得ない措置ということができ、これが殊更にXに対して不利益を課するという違法、不当な目的でされたものであるとは認められない。・・・・そうすると、本件各業務命令を違法なものとすることは、到底困難なものといわなければならない」。解説

  労働者は、労働契約の締結にともない、使用者の指揮命令に従って、労務を提供する義実を負う。指揮命令権(労働指揮権)は、労働契約に内在している使用者の権限といえる(その範囲を縮小したり拡張したりする特約は有効である)。また、労働義務そのものに関わるものではないが、使用者が業務遂行に関わる命令(業務命令)を発することもある。このような業務命令は、労働契約上、当然に内在している使用者の権限とまではいえないものが多いが、就業規則の合理的な規定に根拠のあるものであれば、労働契約の内容となる(労契法7条。法定外健康診断受診命令について、→77電電公社帯広電報電話局事件)。労務指揮権や業務命令権は、それが労働契約上、想定されているような内容であれば、労働者はそれに従うことを拒否することができる(他国からの危害を被る危険がある地域での労働義務を否定した判例として、千代田丸事件→最3小判昭和43年12月24日を参照)。本件では、降灰除去作業に従事することは、労働契約上の義務の範囲内と認定されたが、原審は、この業務命令は懲罰目的によるもので命令権の濫用として違法となると判断したのに対して、最高裁は、職場管理上やむを得ない措置であり、ことさらに不利益を課すものでなく、違法、不当な目的もないとして適法と判断している。

 一方、組合マーク入りのベルトを着用していた組合員に、教育訓練として、就業規則前文の書写し等を命じたことについては、命令に至った経緯、目的、態様等に照らして不当であり、使用者の裁量を逸脱、濫用したとして、不法行為に該当するとした裁判例もある(JR東日本(本荘保線区)事件ー仙台高秋田支判平成4年12月25日[上告審も同判決を維持])。

労契法7条 

第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

2 人事権行使の限界ーバンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件

東京地判平成 7年12月 4日(昭和63年(ワ)2116号)

事案の概要

人事権の行使は、どのような場合に権利濫用となるのか

事実

 Xは、Y銀行A支店の総務課長(セクションチーフ)として勤務していたが、昭和57年4月、Y銀行の新しい経営方針に協力的でないことを理由に、オペレーションテクニシャンに降格された。これに伴い、役職手当が50000円減額となった。

 昭和59年9月、Xは、輸出入課に配転され、対外的に書類送付、サイン等の業務に従事した。Xは、かねて総務課への配転を希望していたところ、Y銀行は、同61年2月、Xを総務課に配転し、受付業務を担当させた。同業務は、それまで20歳代前半の契約社員が担当していた。Xは、同年5月から、備品管理・経費支払事務の仕事を担当するようになった。

Y銀行は、平成2年9月A支店の業務再編成・人員縮小を理由にXらを解雇した。Xは、Y銀行の降格を含む一連の行為は、Xを含む中高年従業員を辞職に追い込む意図をもってなされた不法行為であるとして慰謝料5000万円の支払いを求めて訴えを提起した。

判旨

Ⅰ「使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であり、人事権の行使は、これが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合でない限り、違法とはならないものと解すべきである」。

Ⅱ「しかし、右人事権の行使は、労働者の人格権を侵害する等の違法、不当な目的・態様をもってなされてはならないことはいうまでもなく、経営者に委ねられた右裁量判断を逸脱するものであるかどうかについては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度・労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質、程度等の諸点が考慮されるべきである」。

Ⅲ Xのオペレーションテクニシャンへの降格については、Y銀行に委ねられた裁量権を逸脱した濫用的なものと認めることはできない。しかし、総務課(総務課)への配転については、それまで20代前半の女性の契約社員が担当していた業務であり、勤続33年で、課長職経験のあるXにふさわしい職務であるとは到底いえず、Xが著しく名誉・自尊心を傷つけられたと推測される。「備品管理の業務もやはり単純作業であり、Xの業務経験・知識にふさわしい職務とは到底いえない」。「Xに対する右総務課(受付)配転は、Xの人格権(名誉)を侵害し、職場内・外で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたものであり、Y銀行にゆるされた裁量権の範囲を逸脱した違法なものであって不法行為を構成する」。

解説

 人事権は、法律上の概念ではないが、労働契約の締結にともない、採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、休職、解雇等に関して、使用者に認められる権限と解されている。もっとも、使用者は、これらの権限と解されている。もっとも、使用者は、これらの権限を、無制限に行使できるわけではない。たとえば、本件でも問題となっている降格については、それが職能資格上の降格であれば、労働契約上の具体的な根拠が必要と解されているし(→43アーク証券事件、また役職や職位の降格のような場合でも、法律上の差別禁止規定により制約されたり、判旨が述べるように、権利濫用法理に服することになる(44東京都自動車整備振興会事件等を参照)。

 人事権の行使が、どのような場合に権利濫用になるのかについては、配転や解雇等のように、個別に権限法理が構築されているもの(前者について【34東亜ペイント事件、後者について労契法16条もあるが、判旨Ⅱは、一般的に、「使用者側における業務上・組織上の必要性の有無、程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の材質・程度等の諸点が考慮されるべき」と述べている。

本判決は、課長職の経験のあるベテラン社員の降格と配転について、オペレーションズテクニシャンへの降格(職位の降格)は、権利濫用とならないが、総務課(受付)への配転は、この社員にふさわしくない職務への異動であり、人格権を侵害し、退職に追いやる意図をもってなされたものとして、Y銀行の裁量の範囲を超えており、不法行為に該当するとした。なお、本件で、配転命令の有効性が争われていれば、権利濫用として、無効となる可能性が高かったであろう。(→34)。

解説

 人事権は、法律上の概念ではないが、労働契約の締結にともない、採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、休職、解雇等に関して、使用者に認められる権限と解されている。もっとも、使用者は、これらの権限と解されている。もっとも、使用者は、これらの権限を、無制限に行使できるわけではない。たとえば、本件でも問題となっている降格については、それが職能資格上の降格であれば、労働契約上の具体的な根拠が必要と解されているし(→43アーク証券事件、また役職や職位の降格のような場合でも、法律上の差別禁止規定により制約されたり、判旨が述べるように、権利濫用法理に服することになる(44東京都自動車整備振興会事件等を参照)。

 人事権の行使が、どのような場合に権利濫用になるのかについては、配転や解雇等のように、個別に権限法理が構築されているもの(前者について【34東亜ペイント事件、後者について労契法16条もあるが、判旨Ⅱは、一般的に、「使用者側における業務上・組織上の必要性の有無、程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の材質・程度等の諸点が考慮されるべき」と述べている。

 本判決は、課長職の経験のあるベテラン社員の降格と配転について、オペレーションズテクニシャンへの降格(職位の降格)は、権利濫用とならないが、総務課(受付)への配転は、この社員にふさわしくない職務への異動であり、人格権を侵害し、退職に追いやる意図をもってなされたものとして、Y銀行の裁量の範囲を超えており、不法行為に該当するとした。なお、本件で、配転命令の有効性が争われていれば、権利濫用として、無効となる可能性が高かったであろう。(34)。

労契法16条 (解雇)

第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

3 業務命令と労働者の私的自由ーイースタン・エアポートモータース事件

東京地判昭和55年12月15日(昭和53年(ワ)2285号)

事案の概要

口ひげをそるように求める業務命令に違反したハイヤー運転手に対する下車勤務命令は有効か。

事実

 ハイヤー事業を営むY会社は、運転手の教育育成のために「乗務員勤務要領」を作成していた。この要領には、「車両の手入れ及び服装」として、「ヒゲをそり、頭髪は綺麗に櫛をかける」と規定されていた。また、Y会社では、運転手の服装、身だしなみ等に細やかな指示をだしており、奇異な服装、長髪、サングラスの着用をしないように注意を与えていた。

Y会社で運転手として働くXは、これまで上司からひげをそるように何度も注意を受けていた。Y会社は次回の乗車までにひげをそるようにと口頭の業務命令を出した。Xは、下車勤務命令後、乗務員室で横になりテレビをみるなどしたため、Y会社は、就業規則上の職場秩序違反に該当するとし、事務所への立入り禁止した。

 Xは、ひげをそってハイヤーに乗務する労働契約上の義務のないことの確認と下車期間中の賃金の支払を求めて訴えを提起した。

判旨 一部認容(賃金請求の部分は棄却)

Ⅰ「口ひげは、服装、頭髪等と同様、元々個人の趣味・酒肴に属する事柄であり、本来的には各人の自由である。しかしながら、その自由は、あきまでも一個人としての私生活上の自由であるにすぎず、労働契約の場においては、契約上の規制を受けることもあり得る・・・・。企業が、企業経営の必要上から、容姿、口ひげ、服装、頭髪等に関して合理的な規律を定めた場合・・・・、右規律は、労働条件の一つとなり、社会的・一般的に是認されるべき口ひげ、服装、頭髪等も労働契約上の規制を受け、従業員は、これに添った労務提供義務を負うことになる」。

Ⅱ「Y会社は、ハイヤー運転手に端正で清潔な服装・頭髪あるいは、みだしなkみを要求し、顧客に快適なサービスの提供をするように指導していたのであって、そのなかでヒゲをそることとは、第一義的には右趣旨に反する不快感を伴う無精ひげとか、異様、奇異なひげ』を指しているものと解するのである」。

ⅢXの口ひげに関して、顧客からの格別の苦情はなく、Xの口ひげにより、Y会社の品格や信望が低下した等の証拠がない本件においては、Xが口ひげをはやして勤務してことによりY会社の円滑かつ健全な企業経営が阻害される現実的な危険が生じていたと認めるのは困難である。Xが本件業務命令に従うことが、労務提供義務の履行にとって必要かつ合理的であったとは言えない。

解説

 ひげ、服装・頭髪等は、個人の趣味、嗜好に属する事柄であるが、職場において、使用者が合理的な規律を定めているときには、労働者はそれに拘束されることになる(判旨Ⅰ)

 もっとも、労働者の私的自由への配慮も必要であり、使用者が定めた規律とそれに基づく命令は、業務上の必要性によって基礎的づけられたものである必要がある。

 このような観点から、本判決は、Y会社で禁止されている口ひげは、不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」のみを指すと限定解釈し(判旨Ⅱ)、また、口ひげをはやして勤務することが、企業経営への現実的な危険をもたらしていない(判旨Ⅲ)として、結論として、Xは、Y会社からの業務命令に従う必要はなかったと判断している(同旨のものとして、郵便事業事件ー大阪高判平成22年10月27日も参照)。

服服装・頭髪に関しては、ある裁判所は、トラック運転手が髪の毛を短髪にして黄色く染めて勤務したことについて、「労働者の髪の色、型、容姿、服装などといった人の人格や自由に関する事柄について、・・・・具体的な制限行為の内容は、制限の必要性、合理性、手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請される」と述べて、解雇事由には該当しないと判断している(東谷山家事件ー福岡地小倉支判平成9年12月25日)。一方、バス運転手の制帽着用義務違反については、懲戒事由に該当すると判断した裁判例がある(神奈川中央交通事件東京高判平成7年7月27日[減給処分が有効とされた例]等)。制帽や腕章の着用は、私的自由の等とは無関係のものだからであろう。

 このほか、性同一性障害の男性労働者が女装を禁止する業務命令に従わなかったために懲戒解雇されたという事件で、使用者が適切な配慮をしていれば企業秩序や業務遂行に著しい支障をきたすとはいえないので、懲戒解雇は相当性を欠くとした裁判例もある(S社[ 性同一性障害解雇]事件ー東京地決平成14年6月20日)。

4 労働者のプライバシー保護ー関西電力事件

最3小判平成7年9月5日(平成4年(オ)10号)

事案の概要

職場でのプライバシー侵害行為について、使用者は損害賠償責任を負うか。

事実

 Xら4人はいずれもY会社の従業員であり、A労働組合の組合員であった。A組合は、労使協調路線ををとっていたが、Xらは、組合内少数派として独自の活動を展開していた。Y会社は、Xらを「不健全分子」とみて、その行動を監視し、他の職員との接触・交際を排除させる孤立化施策を行った。具体的には、職制自らまたは従業員に指示してXらを職場の内外で監視したり、尾行したりすること、外部からくる電話の相手方を調査確認すること、ロッカーを無断で開扉して、Xら所有の手帳を写真に撮影すること、警察を情報交換して私生活にわたる事実についての情報を入手することなど、種々の方法でXらを職場で孤立化させた。

判旨 上告棄却。

 「Y会社は、Xらにおいて現実的には、企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、Xらが共産党員又はその同調者であることのみを理由として、その職制等を通じて、職場の内外でXらを継続的に監視する態勢を採った上、Xらが極左分子であるとか、Y会社の経営方針に非協力的な者であるなどとその思想を非難して、Xらとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、種々の方法を用いてXらを職場で孤立させるなどしたというのであり、更にその過程の中で、X1及びX2について、退社後同人らを尾行したりし、特にX2については、退社後同人らを尾行したりし、特にX2については、退社後同人らを尾行したりし、特にX2については、ロッカーを無断で開けて私物である民青手帳を写真に撮影したりしたというのである。

そこで、Xらは、Y会社の行為によって思想信条の自由、名誉、人格が侵害されたとして、不法行為による損害賠償と謝罪文の掲示・掲載を求めて訴えを提起した。1審は、損害賠償と謝罪文の掲示・掲載を求めて訴えを提起した。1審は、損害賠償の請求を認めたが、謝罪文の掲示等は認めなかった。原審は、Y会社の控訴およびXらの附帯控訴をいずれも棄却した。そこで、Y会社は上告した。判旨 上告棄却。

 「Y会社は、Xらにおいて現実的には、企業秩序を破壊し混乱させるなどのおそれがあるとは認められないにもかかわらず、Xらが共産党員又はその同調者であることのみを理由として、その職制等を通じて、職場の内外でXらを継続的に監視する態勢を採った上、Xらが極左分子であるとか、Y会社の経営方針に非協力的な者であるなどとその思想を非難して、Xらとの接触、交際をしないよう他の従業員に働き掛け、種々の方法を用いてXらを職場で孤立させるなどしたというのであり、更にその過程の中で、X1及びX2について、退社後同人らを尾行したりし、特にX2については、退社後同人らを尾行したりし、特にX2については、退社後同人らを尾行したりし、特にX2については、ロッカーを無断で開けて私物である民青手帳を写真に撮影したりしたというのである。

そうであれば、これらの行為は、Xらの職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害するとともに、その名誉を毀損するののであり、また、X3らに対する行為は、そのプライバシーを侵害するものであって、同人らの人格的利益を侵害するものというべく、これら一連の行為がY会社の会社としての方針に基づいて行われたというのであるから、それらは、それぞれY会社のXらに対する不法行為を構成するものといわざるを得ない」。

解説

本件は、Xらが共産党支持者であり、使用者から「不健全分子」とみられたために、さまざまな嫌がらせが行われたことが不法行為となるかが争われた事件である。

本件は、信条を理由とする差別が問題となった事件であるが、こうした差別が労働条件に関して行われた場合には、労基法3条に違反することになる。また、本件のように使用者の事実行為の違法性が問われる場合には、不法行為による損害賠償責任の問題となる(なお、思想信条を理由とする査定差別関連の損害賠償請求事件については→83東京電力(千葉)事件)。

 本判決は、Y会社の行為は、「職場における自由な人間関係を形成する自由」を侵害し、また、プライバシーを侵害するため、人格的利益を侵害すると述べている「職場における自由な人間関係を形成する自由」が具体的に何をさすのかは、必ずしも明らかではないが、少なくとも本件のように会社による執拗かつ組織だった嫌がらせが行われた場合には、この自由を侵害したものとなるというのが、判例の立場であろう。本件の程度に至らない職場におけるいじめなども、こうした自由を侵害すると判断される可能性もあろう( 118静岡労基署長(日研化学)事件(解説)も参照)。

本件のように、使用者が、正当な理由なしに、退社後に尾行したり、ロッカー内の私物を写真撮影をしたりすることが、プライバシー侵害に該当することは、今日日では異論のないところであろう(一方、機密情報が赤旗に掲載された事件の調査過程で、使用者が従業員に共産党員でない旨の書面提出を再三要求したことが精神的事由を侵害した不法行為ではないとした判例として、東京電力事件ー最2小判昭和63年2月5日)。

 近年では、ハラスメント事件などにおいて、使用者に職場環境を良好に維持するよう配慮する義務(職場環境配慮義務)があると述べる裁判例もある。したがって、本判決のいう「職場における自由な人間関係を形成する自由」やプライバシーを侵害する行為は、この職場環境配慮義務に違反するものとして、使用者の債務不履行による損害賠償請求が認められる可能性もあろう(132福岡セキュシャル・ハラスメント事件[解説]。また、日常生活で通名を使用してきた在日朝鮮人の労働者に本名の使用を勧奨することは、職場環境配慮義務に違反し、さらにプライバシーや社会生活の平穏という人格的利益を違法に侵害する不法行為になるとした裁判例として、カンリ事件ー東京高判平成27年10月14日)。

5 電子メールの監視とプライバシーーF社Z事業部事件

東京地判平成13年12月3日(平成12年(ワ)12081号)

事案の概要

使用者の労働者の電子メールの監視行為は、プライバシー侵害にあたるか

 事実

 Yは、Z事業部の事業部長であり、Xは、Z事業部の営業部長のアシスタンスとして勤務していた。YはXに対し、仕事や上司の話をしたいという理由で飲食の誘いをしていたが、Xはこれに消極的な態度をみせていた。Xは、Yが仕事を理由に飲み会に誘うので困惑しているという内容を、会社の電子メールを利用して夫Aに送信しようとしたが、誤ってY宛に送信してしまった。Yは、このメールを機に、Xの電子メールを監視し始めた。

Z事業部では、アドレスが社内に公開され、パスワードは各人の氏名をそのまま使用していたため、Yは容易にXのメールを閲覧することができた。Xがパスワードを変更して閲覧ができなくなった後は、Yは、会社のシステム管理者に、X宛の電子メールを自分に転送するように依頼し、Xに送信されるメールを監視した。Xは、同じZ事業部に勤務するAとともに、Yがセクシャル・ハラスメント行為を行ったこと、おうおび、私的な電子メールをXらの許可なく閲覧したことを理由に不法行為に基づく損害賠償を請求した。

判旨 請求棄却

 社員の電子メールの私的使用は、社会通念上許容されている範囲にとどまるものであるかぎり、その使用について社員に一切のプライバシー権がないとはいえない。しかし、電子メールの送受信は社内ネットワークシステムを通じて行われるものであるから、利用者は、電話と同じプライバシー保護を期待することはできず、システムの具体的状況に応じた合理的な範囲での保護を期待しうるにとどまる。

「職務上従業員の電子メールの私的使用

を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合、あるいは、責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合、あるいは、社内の管理部署その他の社内の第三者に対し、監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により、監視した場合など、監視の目的、手段及びその対応等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となる」。

解説

 労働者による電子メールの私的利用について、使用者が就業規則や特別規定を設けて、規制することは許される。また、そのような明文の規定がない場合であっても、職務専念義務に違反することなどを理由に、私的利用を制約することも認められる(裁判例として、日経クリック情報事件ー東京地判」平成14年2月26日等)。

 もっとも、労働者の電子メールの私的利用は、それが社会通念上許容される限度では認められてよく、その範囲内ではプライバシー権も認められるという考え方もある(判旨。グレイワールドワイド事件ー東京地判平成15年9月22日も参照)。その意味で、電子メールの私的利用は、私的電話の場合と似ているが、社内ネットワークを用いる電子メールについて、期待しうるプライバシーの保護の範囲は、通常の電話装置を利用する私用電話よりも低減するだろう(判旨)。

本件は、事業部長による部下の電子メールの監視が問題となった事件であるが、本判決は、監視の目的、手段およびその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを総合衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱して監視がなされた場合にかぎり、プライバシー権の侵害になるとする

具体的には、

①職務上従業員の電子メールの私的利用を監視するような責任ある立場でないものが監視した場合、

②責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性がまったくないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合、

③社内の管理部署その他社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合

などが、プライバシー権侵害の例としてあげられている(判旨

本件では、セクシャル・ハラスメント行為の疑義の当事者による監視であること、当初は個人的に監視していたことなどの問題点があるものの、Y以外に監視をするのに適した者はいないこと、途中から担当部署に依頼して監視していること、Xらによる電子メールの私的利用の程度は、社会通念上の限度を超えていることなどから、Yの監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したとまではいえず、Xらが重大なプライバシー権侵害を受けたとはいえない、と判断された(判旨外)。

なお、電子メールの内容を、事前に告知しないで調査することについて、それが事前の継続的な監視とは異なり、すでに送受信されたメールを特定の目的で事後調査するのであれば許されると述べた裁判例がある(前掲・日経クイック情報事件)。

6 健康診断とプライバシーーB金融公庫事件

個人情報保護法16条1項(利用目的による制限)

16条 個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。

2 個人情報取扱事業者は、合併その他の事由により他の個人情報取扱事業者から事業を承継することに伴って個人情報を取得した場合は、あらかじめ本人の同意を得ないで、承継前における当該個人情報の利用目的の達成に必要な範囲を超えて、当該個人情報を取り扱ってはならない。東京地判平成15年6月20日(平成12年(ワ)20197号)

事案の概要

労働者に無断でB型肝炎の検査をし、感染者であることを理由に採用を拒否する行為は適法か。

事実

 Xは、Y公庫の平成9年度採用選考に応募し、4次面接と理事面接を終えた後、A診療所で健康検査を受けた。Xの肝機能の検査数値が高かったため、Y公庫は、A診療所に対し、B型肝炎ウイルス検査を行うよう指示した。しかし、Xには、その検査を行うことを知らせなかった。検査終了後、担当医師は、Y公庫に対し、XがB型肝炎ウイルス感染による肝炎の所見があると伝えた。

 報告を受けたY公庫は、Xに対して、C病院で肝機能の精密検査を受けさせたが、この時も、Y公庫は、Xに、B型肝炎ウイルス感染の事実を伝えなかった。Xは、C病院で、精密検査を受けたが、事前に検査に関する説明はされなかった。その後、Xは、医師から、B型肝炎ウイルスに感染しているとの説明を受け、はじめて感染の事実を知った。Y公庫の採用担当者は、Xと面談し、Xに対して不採用の決定を伝えた。

Xは、B型肝炎ウイルスに感染していることのみを理由とする不採用は、不法行為となること、および無断でのB型肝炎ウイルス検査も不法行為であることなどを理由に、損害賠償を求めて訴えを提起した。

判旨 

一部認容、一部棄却(不採用の不法行為性は否定し、プライバシー権侵害の不法行為性は認めた。)

「平成9年当時、B型肝炎ウイルスの感染経路や労働能力との関係について、社会的な誤解や偏見が存在し、特に求職や就労の機会に感染者に対する誤った対応が行われることがあったことが認められるところ、このような状況下では、B型肝炎ウイルスが血液中に常在するキャリアであることは、他人にみだりに知られたくない情報であるというべきであるから、本人の同意なしにその情報を取得されない権利はプライバシー権として保護されるべきである」。

 「企業は、特段の事情がない限り、採用に当たり、応募者に対し、B型肝炎ウイルス感染の血液検査を実施して感染の有無についての情報を取得するための調査を行ってはならず、調査の必要性が存在する場合でも、応募者本人に対し、その目的や必要性について告知し、同意を得た場合でなければ、B型肝炎ウイルス感染についての情報を取得することは、できない」。

解説

 本件は、使用者が採用過程において労働者の健康情報を取得する行為が、プライバシー権侵害の不法行為となるかどうかが争われた事件である。従来、最高裁は、使用者の「採用の自由」、とりわけ「調査の自由」を広く認めてきた(17三菱樹脂事件)が、こうした立場に対しては、労働者のプライバシー保護の視点が希薄であるという批判がなされてきた。

 労働者の個人情報については、個人情報の保護に関する法律が適用されることがあるし、とくに労働関係の面では、事業者が遵守すべき内容について、厚生労働省が、「雇用管理に関する個人情報の適正な取扱いについて」(平成16年。平成24年に改正)を設けている(この指針は、まだ採用されていない求職者の個人情報も対象とする)。とりわけ健康情報については、センシティブ・データとして厳格な保護が求められるため、厚生労働省は、「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項について」(平成16年)を策定している。

本判決は、

B型肝炎ウイルスに感染しているという事実は、他人にみだりに知られたくない情報であり、本人の同意なしにその情報を取得されない権利は、プライバシー権として保護されるべきであるとしたうえで(判旨)、

企業は、特段の事情がない限り、採用時に、B型肝炎ウイルス感染についての情報を取得するための調査を行ってはならず、調査の必要性が存在する場合でも、応募者本人にその目的や必要性について告知し、同意を得たうえでその情報を取得しなければならない、としている(判旨)。

単に労働者の同意があるだけでは不十分で、昇さの必要性があり、その目的や必要性について告知したうえでの同意が必要であるとしている点が注目される(HIV検査に関する、T工業(HIV解雇)事件ー千葉地判平成12年6月12日も参照。

なお、従業員へのHIV感染の事実の告知について、その配慮が欠けていたとして不法行為の成立を認めた裁判例として、HIV感染者解雇事件ー東京地判平成7年3月30日。また、個人情報保護法16条1項に反する目的外利用であることを考慮して、不法行為の成立を認めた裁判例として、社会医療法人天神会事件ー福岡高判平成27年1月29日)。なお、本件の不採用決定は、採用内定の前の段階であり、当事者が雇用契約の成立(採用内定)が確実であると相互に期待すべき段階にも至っていないとして、不採用について損害賠償請求は認められていない。

3 前二項の規定は、次に掲げる場合については、適用しない。

一 法令に基づく場合

二 人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。

三 公衆衛生の向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。

四 国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合であって、本人の同意を得ることにより当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがあるとき。

7 就労請求権ー読売新聞社事件

東京高判昭和33年8月2日(昭和31年(ワ)897号)

事案の概要

解雇が無効であった場合に、労働者は就労を求める権利を有するか。

事実

 Xは、新聞事業を行うY会社に雇用され、見習社員として勤務していたところ、見習期間の終了時に、健康上の社員として不適格であるなどとして、「やむを得ない会社の都合によるとき」という理由により解雇の意思表示を受けた。そこで、Xは、この解雇の意思表示は事実無効であるとして、

①解雇の意思表示の効力の停止、

②賃金の支払い、

③就労の妨害排除

を求める仮処分申請を行った。

1審は、①および②は認容したが、③については、「労務の提供は、労働者が使用者に対して負う義務であって、労働者が使用者に対して有する権利ではない」として却下した。そこで、Xは抗告した。

決定要旨 抗告棄却(③については申請却下)

 「労働契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って、一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、労働者の就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は業務の性質上労働者が労務の提供について特別の合理益な利益を有する場合を除いて、一般的には労働者は就労請求権を有するものではないと解するのを相当とする」。

解説

労務を提供して就労することは労働者の労働契約上の義務であるが、それにとどまらず、労働者は使用者に対して就労をさせること(就労を受領すること)を求める権利(就労請求権)があるかどうかは議論のあるところである。就労は労働者の自己実現につながり、その拒否は人格的利益を侵害するという観点から、労働契約等に特別の定めがある場合、または業務の性質上労働者が労働の提供について特別の合理的な利益を有する場合を除くと、一般的には労働者に就労請求権はないとしている(日本自転車振興会事件ー東京地判平成9年2月4日も同旨)。通説も同旨である。

ただし、裁判例の中には、労働契約は特定人間の継続的な契約関係で、強度の信頼関係を必要尾とするものなので、契約当事者は、信義則上、その給付の実現について誠実に協力すべき義務があるとして、就労請求権を肯定するものもある(高北農機事件ー津地上野支決昭和47年11月10日)。

実際に、就労請求権が問題となることが多いのは、不当解雇がなされた場合である。本件でもそうであるように、就労請求権を被保全権利として、就労妨害禁止の仮処分が認められるかという形で問題となる。

 就労請求権を原則として否定する通説によれば、解雇が無効とされ、労働契約関係が存続しているとされても、使用者は、労務の受領を拒否できることになる。ただし、使用者の受領拒否により労働者の労務提供義務は履行不能となり、そのことについて、使用者に帰責事由があると解されるので、使用者は賃金は支払わなければならない(民法536条2項)。

就労請求権を認めるかどうかは、労働契約の解釈のよる。就労請求権の否定は、その解釈準則にすぎない。そのため、本決定が述べるように、労働契約に特別の定めがあるなど特約がある場合には、就労請求権は認められることになる(大学教員の教授会の出席や学生への講義についての権利性を認めた裁判例として、栴檀学園事件ー仙台地判平成9年7月15日)。

 本決定の述べる「労務の提供について特別の合理的な理由を有する場合」に該当するかどうかについては、従事する職務の専門性が大きな意味をもつと考えられる。たとえば、ピアニストや調理師のように、特別の技能を維持するために就労を続ける必要のある職務に従事する労働者であれば、就労請求権が肯定されることもあろう(調理人について、スイス事件ー名古屋地判昭和45年9月7日)。

さらに今日では、労働者にとって職務能力の維持・向上が重要な意味をもつという理由から、特別の技能をもっているかどうかに関係なく、労働者一般について、就労請求権を認めるべきという見解もある。たとえば、労働者のキャリア形成に配慮がなされるべきであるという「キャリア権」の観点から、労働者の職業訓練にとって最も効果的なのは、実際に労務に従事することを通した訓練(OJT[On the Job Train-ing])であるとして、就労請求権を肯定する考え方などが有力に主張されている。

 就労請求権を否定しても、使用者による就労拒絶が、その状況や態様などによっては、労働者の人格権侵害の不法行為に該当するとして、精神的損害が認められることはある(民法709条)。一方、就労請求権を肯定しても、就労の履行強制までが認められるわけではなく、損害賠償責任を追及できるにとどまる。しかも、労働者には賃金請求権があるので、やはり、精神的損害のの賠償だけとなろう。

民法536条2項(債務者の危険負担等)

536条 前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。

2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

民法709条(不法行為による損害賠償)

709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。 

8 競業避止特約の有効性ーフォセコ・ジャパン・リミテッド事件

奈良地判昭和45年10月23日(昭和45年(ヨ)37号)

事案の概要

退職後の競業行為を制限する特約に基づく差止め請求は認められるか。

事実

治金用副資材の製造・販売を業とするX会社は、その従業員であったY1、Y2との間で、X会社の技術的秘密を保持するために、

①Yら両名は雇用契約の存続中、終了後を問わず、業務上知り得た秘密を他に漏洩しないこと、

②Yら労名は雇用契約終了後満年間、X会社と競業関係にある一切の企業に直接にも、間接にも関係しないこと、という秘密保持義務と競業避止義務を課す特約を締結した。Y1とY2は、X会社に約11年間勤務した後、X会社を退職し、競業会社Aの取締役に就任した。X会社は、Yら両名に対し、本件特約に基づいて、特約違反行為(競業行為)の差止めを求める仮処分を申し立てた。決定判旨  請求認容

「競業の制限が合理的範囲を超え、Yらの職業選択の自由を不当に拘束し、同人の生存を脅かす場合には、その制限は、公序良俗に反し無効となることは言うまでもないが、この合理的範囲を確定するにあたっては、制限の期間、場所範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、X会社の利益(企業秘密の保護)、Yの不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の3つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」。

 本件特約による制限期間は2年間という短期間で、制限の対象職種は金属鋳造用副資材の製造販売と競業関係にある企業であり、制限の対象は比較的狭いこと、場所は無制限であるが、これはX会社の営業の秘密が技術的秘密である以上、やむ得ないと考えられること、退職後の制限に対する代償は支給されていないが、在職中、秘密保持手当がYら両名に支給されていたこと、これらの事情を総合すると、本件特約は、合理的な範囲を超えているとはいえない。解説①

 労働者が、使用者の事業と競業する事業を自ら始めたり、あるいはそのような事業を営む別会社に就職したりする競業行為は、使用者の利益を侵害するものとして、就業規則等で禁止されていることがある。このような競業避止義務は、雇用関係が存続中は、兼業規則に抵触するものであり、義務違反行為が懲戒解雇事由をされる場合も多い(30小川建設事件。一方、退職した後まで競業避止義務を課すことができるかどうかについては、労働者の職業選択の自由とも関係し、議論がある。

 まず、退職後の競業避止義務は、信義則上、当然に認められるものではなく、そのような義務を課すためには、特段の根拠が必要となる。本件では、在職中から、競業避止特約が結ばれていたことから、競業避止義務の法的な根拠はあることになる。

ただし、競業を制限する範囲が合理的範囲を超えていれば、公序良俗違反として無効になる(民法90条)。公序良俗違反となるかどうかの判断基準は、「制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等」について、

①使用者側の利益(企業秘密の保護)、

②労働者側の不利益(転職、再就職の不自由)、

③社会的利害(独占集中のおそれ、それにともなう一般消費者の利害)、

の3つの視点から判断すべきものとされている(判旨)本件では、制限の期間が2年であること、制限の対象となる職種の範囲が限定されていること、在職中に機密保持手当が支給されていたことなどから、公序良俗には反しないとされた(判旨)。公序良俗に反し無効であるとされた最近の裁判例として、メットライフアリコ生命保険事件ー東京高判平成24年6月13日)。

解説②

 競業避止義務違反に対して、使用者は、その特約を根拠として競業行為の差止め(義務の履行)を請求することができる。ただし、競業行為の差止めは、労働者の職業選択の自由を制限する程度がおおきくなるので、使用者の営業上の利益が現に侵害されるか、侵害される具体的な虞がある場合に限定すべきとする裁判例もある(差止め請求を否定した裁判例として、東京リーガルマインド事件東京地決平成7年10月16日等。同じ判断枠組みを用いながら肯定した例として、トーレラザールコミュニケーション事件ー東京地決平成16年9月22日)。就業規則の退職後の競業避止義務の定めがある場合の効力については、就業規則が退職後の労働者に適用されるのか、労契法7条や10条の「労働条件」(号織性と周知があれば内容規律効が発生する)に該当するのかについては争いがある(合理性を否定した裁判例として、モリクロ事件ー大阪地判平成23年3月4日)。

 なお、退職後の競業避止義務について、就業規則の規定も個別の合意もない場合でも「競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合に」には、不法行為にあたるとする判例もある(サクセスほか(三佳テック)事件ー最1小判平成22年3月25日)。

契法7条

7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労契法10条

10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

9 競業避止義務違反の場合の退職金の没収・減額ー三晃社事件

最2小判昭和52年8月9日(昭和51年(オ)1289号)

事案の概要

競業避止義務に違反した場合に、退職金の半額を減額するという約束は有効か。

事実

 Yは、広告代理業等を営むX会社に雇用されていたが、昭和48年7月20日に退職した。その際、X会社の退職金規則に基づき64万8000円の退職金を受領した。YはX会社に対して、退職時に、今後、同業他社に就職した場合には、受領した退職金の半額を返還する旨約束していた。また、X会社の退職金規則みには、同業他社への転職のときは、自己都合退職の2分の1の乗率で退職金が計算されると規定されており、入社の際には、同業他社での服務や自営をする場合はX会社の承諾を得る旨の誓約書を差し入れていた。

ところが、Yは退職後、同年8月9日には、同業他社に正式に入社したので、X会社は、Yが受領した退職金の半額(32万4000円)を不当利得として返還を求めて訴えを提起した。1審は、競業避止義務違反の場合に退職金を半額不支給とするのは労基法16条に違反して無効であることして、X会社の請求を棄却したが、原審は、逆に、実質的には同条に違反していないとして、X会社の請求を認容した。そこで、Yは上告した。

判旨 上告棄却。

「X会社が営業担当者に対し退職後の同業他社への就職をある程度の期間制限することをもって直ちに社員の職業の自由等を不当に拘束するものとは認められず、したがって、X会社がその退職金規則において、右制限に反して同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金につき、その点を考慮して、支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない。 

すなわち、この場合の退職金の定めは、制限義務の就職をしたことにより勤務中の功労に対する評価が減殺されて、退職金の権利そのものが一般の自己都合による退職の場合の半額の限度においてしか発生しないこととする趣旨であると解するべきであるから、右の定めは、その退職金が労働基準法上の賃金にあたるとしても、所論の同法3条、16条、24条及び民法90条等の規定にはなんら違反をするものではない」。

解説

退職金の法的性質については、「賃金の後払い」として要素と功労褒章的な要素が混在しているというとらえ方が一般的であり、とくに、後者の要素があることから、懲戒解雇になった場合や競業避止義務違反があった場合に、退職金を減額または不支給にする取扱いは有効と解されている。(懲戒解雇の場合の退職金の減額・不支給については→96小田急電鉄(退職金請求)事件。

 本判決も、競業避止義務違反の場合に退職金を半額支給とする措置を有効と判断している。1審は、こうした措置は、退職時に確定した退職金請求権を減額するものなので、損害賠償額の予定であり、労基法16条に違反するものとしていた。しかし、本件のように、同業他社に就職した場合には半額にするという規定があり、その旨の個別合意もあるという事案においては、退職後に同業他社に就職した労働者には、半額の退職金請求権しか発生していないと解されるので、労基法24条1項の賃金全額払いの原則に違反するともいえないことになる。また労基法16条との関係でも、判旨は、同業他社への就職の、ある程度の期間制限をもって、社員の職業の自由等を不当に拘束するとはいえないとしている(86野村証券事件

もっとも、こうした退職金減額の措置が原則として有効であるとしても、具体的なケースにおいて、その措置をとることが許されないこともある。たとえば、ある裁判例は、本件と同じ広告代理店において、退職後6か月以内に同業他社に就職した場合には退職金を不支給とする退職手当支給規程(就業規則)に基づく不支給措置の有効性が争われた事件で、退職金の功労報償的な面を考慮しながらも、実際に不支給とできるのは、労働の対象を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がなければならないとしている。ここでは、退職金がもつ「賃金の後払い」的な性質が考慮されているといえる(もちろん、法的には、賃金を後払いすることは、労基法24条違反となるので、後払いというのは、あくまで、経済的な意味においてである)。さらに、この背信性の存在については、会社にとっての不支給規程の必要性、退職従業員の退職の経緯、退職の目的、競業避止義務違反により会社に与えた損害等の事情を考慮して行うべきものとされたいる(中部日本広告社事件ー名古屋高判平成2年8月31日)。

労基法16条(賠償予定の禁止)

16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労基法3条(均等待遇)

3条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

労基法24条(賃金の支払)

24条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。

② 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。

民法90条(公序良俗)

90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

10 秘密保持義務ーメチルリンチ・インベストメント・マネージャー事件

東京地判平成15年9月17日(平成13年(ワ)1190号)

事案の概要

労働者は、どのような場合に秘密保持義務違反の責任を負うか。

事実

 投資顧問会社Yで、顧客担当の責任者としての地位にあったXは、上司から自らを排除することを目的として受けた嫌がらせについてA弁護士に相談した際に、Y会社の見込み顧客リスト、既存の顧客からの通信文特定の顧客につき言及された社内メール、営業日報、見込み顧客に対するY社のアプローチの方法を記した書類、Y社内における人事情報に関する書類等をAに交付した。その際、AはXの同意なしにこれらの資料を第三者に開示しない旨の確約書をXに差し入れていた。Y会社は、Aへの資料交付は秘密保持義務に違反するとして、これを回収してY会社に返還するようXに要請したが、Xはこれに応じなかった。Y会社は、Xのこれらの行為が秘密保持義務を課している就業規則の規定に違反するとして懲戒解雇とした。Xは、この懲戒解雇は無効であるとして、労働契約上の権利を有するちいにあることの確認等を求めて訴えを提起した。

判旨 請求認容

 従業員が企業の機密をみだりに開示すれば、企業の業務に支障が生ずることは明らかであるから、企業の従業員は、労働契約上の義務として、業務上知り得た企業の機密をみだりに開示しない義務を負担している。

 投資顧問業者にとって、顧客に関連する情報管理を行うことは、企業運営上、きわめて重要なことであり、Xは、企業機密に関する情報管理を厳格にすべき職責にあった者であるので、Xが、Y会社の許可なしに、企業秘密を含む本件各書類を業務以外の目的で使用したり、第三者に開示、交付することは、特段の事情がない限り、許されない。

 Xが本件各書類をAに開示、交付したのは、自己の救済を求めるという目的のためであり、それは不当な目的とはいえないことをあわせ考えると、特段の事情があるというべきであるから、Xが秘密保持義務に違反したものではない。 

解説①

 本判決は、自己に対する嫌がらせ問題の証拠を示すために企業機密を漏洩したことについて、秘密保持義務違反の成立を否定した裁判例である。

 労働者は、労働契約に基づく付随的義務として、信義則上、秘密保持義務を負う(判旨を参照。その他の再勉励として、古河鉱業足利製作所事件東京高判昭和55年2月18日等)。就業規則上も秘密保持義務が定められていることが多く、それに違反した労働者には、懲戒処分や解雇がなされたり、損害賠償請求がなされたりする。使用者からの履行請求(差止請求)も、就業規則(あるいは個別的契約)により義務の内容が具体的にとくていされていれば可能と解される。

本件において秘密保持義務違反が否定されたのは、秘密を開示した相手が弁護士であり、しかも無断での情報開示をしないよう確約させていることから、義務違反を否定する「特段の事情」が認められたという理由による。(このほか、日産センチュリーリー証券事件ー東京地判平成19年3月9日も参照)。

 秘密保持義務が、労働契約関係が終了した後も課されるかについては議論がある。信義則上、退職後も同義務が課され続けるという見解もあるが、労働契約上の明確な根拠が必要であるとするのが多数説である。

裁判例の中には、退職後の秘密保持義務を定める特約は、「その秘密の性質、範囲、価値、当事者(労働者)の退職前の地位に照らし、合理性がみとめられるとき」は、公序良俗(民法90条)に反せず有効であると述べるのである(ダイオーズサービシーズ事件ー東京地判平成14年8月30日)。

解説②

 なお、在職中、退職後を問わず、秘密保持義務違反については、不正競争防止法の適用を受けることがある。同法の定義する「営業機密」(2条6項)。「秘密をして管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」について、それを保有する事業者から示された場合において、不正の競業その他の図利加害目的で使用、開示する行為は「不正競争」に該当し(2条1項7号)。そのほかにも同項4号~6号、8号~9号等)、そのときには、差止請求(3条1項)、廃棄・除去請求(3条2項)、損害賠償請求(4条)、信用回復措置の請求(14条)等が認められる。さらに、営業秘密侵害罪(21条1項)という刑罰による制裁もある。

民法90条(公序良俗)

90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

不正競争防止法2条6項、不正競争防止法2条1項7号、不正競争防止法2条1項4号~6号、不正競争防止法2条1項8号~9号(定義)

2条  この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

三 他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為

四 窃取、詐欺、強迫その他の不正の手段により営業秘密を取得する行為(以下「営業秘密不正取得行為」という。)又は営業秘密不正取得行為により取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為(秘密を保持しつつ特定の者に示すことを含む。次号から第九号まで、第十九条第一項第六号、第二十一条及び附則第四条第一号において同じ。)

五 その営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為

六 その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正取得行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為 

七 営業秘密を保有する事業者(以下「営業秘密保有者」という。)からその営業秘密を示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為

八 その営業秘密について営業秘密不正開示行為(前号に規定する場合において同号に規定する目的でその営業秘密を開示する行為又は秘密を守る法律上の義務に違反してその営業秘密を開示する行為をいう。以下同じ。)であること若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、若しくは重大な過失により知らないで営業秘密を取得し、又はその取得した営業秘密を使用し、若しくは開示する行為

九 その取得した後にその営業秘密について営業秘密不正開示行為があったこと若しくはその営業秘密について営業秘密不正開示行為が介在したことを知って、又は重大な過失により知らないでその取得した営業秘密を使用し、又は開示する行為不正競争防止法3条1項

不正競争防止法3条1項、不正競争防止法3条2項

(差止請求権)

3条 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、その営業上の利益を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

2 不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(侵害の行為により生じた物を含む。第五条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の停止又は予防に必要な行為を請求することができる。不正競争防止法4条(損害賠償)

4条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、第十五条の規定により同条に規定する権利が消滅した後にその営業秘密又は限定提供データを使用する行為によって生じた損害については、この限りでない。

不正競争防止法14条(信用回復の措置)

14条 故意又は過失により不正競争を行って他人の営業上の信用を害した者に対しては、裁判所は、その営業上の信用を害された者の請求により、損害の賠償に代え、又は損害の賠償とともに、その者の営業上の信用を回復するのに必要な措置を命ずることができる。

不正競争防止法21条1項(罰則)

21条 次の各号のいずれかに該当する者は、十年以下の懲役若しくは二千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

一 不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、詐欺等行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為をいう。次号において同じ。)又は管理侵害行為(財物の窃取、施設への侵入、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の営業秘密保有者の管理を害する行為をいう。次号において同じ。)により、営業秘密を取得した者

11 引抜行為の適法性ーラクソン事件

東京地判平成3年2月25日(昭和62年(ワ)5470号)

事案の概要

退職後に元の会社の従業員を引き抜く行為は違法か。

事実

 Y1は、英会話教室を経営するX会社の取締役兼営業本部長であった。Y1が責任者を務め、マネージャー(部長、課長、係長の4名)とセールスマン(24名)からなる部署(営業組織)の英語教材に売り上げは、X会社の全体売り上げの8割を占めていた。Y1は、X会社の経営が悪化してきたことから、同じ英語教材販売会社Y2へ移籍する意思を固め、X会社に取締役を辞任することを告げたうえで、Y2会社の役員と接触し始めた。

Y2会社とY1は、Y1の部署の従業員を、X会社に知られないように、Y2会社に移籍させようと計画した。具体的には、まず、マネージャーらを個別に説得し、そのうえで、セールスマンらを慰安旅行と称した旅行に招待し、その場で移籍を説得することを計画し、そのとおり実行した(本件引抜行為)。その結果、マネージャー4名とセールスマン17名がY2会社に移籍した。

 X会社は、Y2会社に対して不法行為による損害賠償請求を、Y1に対して、主位的には、取締役の忠実義務違反を、予備的には、雇用契約上の債務不履行または不法行為を理由とする損害賠償請求をするために訴えを提起した。

判旨

一部認容、一部棄却(Y2会社とY1の損害賠償は認める)。

「会社の従業員は、使用者に対して、雇用契約に付随する信義則上の義務として、就業規則を遵守するなど労働契約上の債務を忠実に履行し、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(以下、「雇用契約上の誠実義務」という。)を負い、従業員が右義務に違反した結果使用者に損害を与えた場合は、右損害を賠償する責任を負う」。

「企業間における従業員の引抜行為の是非の問題は、個人の転職の自由の保障と企業の利益の保護という2つの要請をいかに調整するかという問題でもあるが、個人の転職の自由は最大限に保障されなければならないから」、単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず、当該行為を、「直ちに雇用契約上の誠実義務」違反と評価することはできない。 しかしながら、その場合でも、従業員は、「退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行う等、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべき」であり、「引抜きが単なる転職の勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負う」。

 そして、「社会的相当性を逸脱して引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に締める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等、諸般の事情を総合考慮して判断すべきである」。

 Y1はX会社の幹部従業員で、本件引抜行為の影響を熟知する立場にあったし、引抜の方法も、X社に知られないように内密に計画・準備し、あらかじめ移籍後の営業場所を確保し、備品を搬入するなどの準備をした後、慰安旅行を装ってホテル内の一室で移籍の説得を行うなど、その態様は計画的かつきわめて背信的であった。このような移籍の説得は、もはや適法な転職の勧誘にとどまらず、社会的相当性を逸脱した違法な引抜行為であり、Y1は「雇用契約上の誠実義務」に違反したものとして、X会社が被った損害を賠償する義務を負う。

解説 

 労働契約に付随する労働者の信義則上の義務の1つとして、使用者の正当な利益を不当に侵害してはならないという誠実義務があり、これに違反した労働者は損害賠償責任を負う(判旨。在職中であれば、懲戒処分を受けることもある)。誠実義務の代表例は、競業避止義務や秘密保持義務であるが、本件では、労働者の引抜行為が、この義務に違反するかが問題となっている(なお、本判決は、Y1の取締役としての忠実義務違反「会社法355条参照」は取締役辞任後の行為であることを理由に否定している)。

しかし、元従業員が退職にともない、同僚の従業員を自分の転職先に勧誘する行為は、その態様いかんでは、誠実義務違反と評価できる場合もあろう。本判決も、引抜行為を、幹部従業員が社会的相当性を逸脱しきわめて背信的な方法で行った場合には、誠実義務違反となると述べている(判旨)。本件では、計画的かつ背信的な引抜行為であるとして、Y1に損害賠償責任が認められた(判旨。著しく不当な引抜ではないとされた裁判例として、ジャクバコーポレーション事件ー大阪地判平成12年9月22日)。なお、Y2会社にも、X会社と同社のセールスマンらとの契約上の債権を侵害したとして、Y1と共同して損害を賠償する責任があると判断されている。

 期間の定めのない労働契約では、労働者には退職して転職する自由があるので(民ぽ627条1項)、第三者が転職を勧誘したとしても、それだけでは違法とすることはできない(判旨を参照)。

会社法355条(忠実義務)

355条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。民法627条1項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)

627条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。 

12 労働者の損害賠償責任緒制限ー茨石事件

最1小昭和51年7月8日(昭和49年(オ)1073号)(民集30巻7号689頁)

事案の概要

使用者は、労働者が第三者に及ぼした損害を賠償した場合、その労働者にどこまで求償できるか。

事実

 X会社は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送および販売を業とする資本金800万円の株式会社であって、従業員50人を擁し、タンクローリー、小型貨物自動車等の業務用車両を20台近く保有していたが、経費削減のため、これらの車両について対物賠償責任保険と車両保険には加入していなかった。Yは、主として小型貨物自動車の運転業務に従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するにすぎず、本件事故当時は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞しはじめた国道上を進行中、車間不距離不保持および前方注意不十分等の過失により、急停車したA会社所有のタンクローリーに追突して、その車両を破損させた。Yは、本件事故当時、月額約4万5000円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上であった。

X会社は、前記追突車両の被害を受けたタンクローリーの所有者であるA会社に対して修理費等について賠償したので、Yに対して、その賠償額の求償(民法715条3項)およびYが運転していたX会社の車の修理費等の賠償(約41万円)を求めて訴えを提起した。(さらに、身元保証人にも同額の請求をした)。1審および原審ともに、請求額の4分の1のみ認容した。そこで、X会社は上告した。

判旨  上告棄却。

「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる程度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができると解すべきである」。

本件では、「X会社がその直接、被った損害及び被害者に対する損害賠償義務の履行により、被った損害のうちYに対して賠償及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の4分の1を限度とするべきである」。

解説 

 労働者が、債務の本旨に従った履行をしない場合には債務不履行となり、損害賠償責任が生じる(民法415条)。また、使用者から労働者への損害賠償請求は、不法行為による場合もある(民法709条)し、、使用者が、民法715条により第三者に賠償責任(使用者責任)を負った場合の求償権の行使として行われることもある(同条3項)。

もっとも、使用者からの損害賠償請求は、労働者に酷な結果を生じることもあり、そのために請求額を限定すべき場合があるという考え方もある。本判決は、使用者から、業務中に自動車事故を起こした労働者に対する求償権行使等が行われたケースにおいて、損害賠償額を「信義則上相当と認められる限度に」するという責任制限法理を示した。下級審には、責任制限の根拠を、「労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随、内在化するものであるといえる(報償責任)し、業務命令内容は使用者が決定するものであり、その後業務命令内容は使用者が決定するものであり、その業務命令の履行に際し、発生するであろうミスは、業務命令の履行に際し、発生するものであろうミスは、業務命令に内在するものとして使用者がリスクを負うべきものであると考えられる(危険責任)」、とのべるものもある(エーディーディー事件ー大阪高判平成24年7月27日)。

この法理の適用下において、どの程度、責任が制限されるのかについては、本判決の趣旨は、「その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、その他諸般の事情」を考慮してする者としており、具体的には、本件では、労働者の負担は、使用者の被った損害の4分の1を限度とすると判断された。「損失の分散についての使用者の配慮の程度」については、損害保険に加入していたかどうかなどが考慮されることになろう(なお、身元保証人については、被保証人である労働者の責任制限法理とは別途に、「身元保証ニ関スル法律」により責任が制限される)。

責任の限度を「4分の1」にすることの根拠は、明確でななく、裁判上も、限度の範囲については、ケースバイケースの判断となっている(本判決と同様に、4分の1とした裁判例として、大隅鐵工所事件ー名古屋地判昭和62年7月27日等)。

 労働者の故意やそれに準じる悪質な場合は、この法理は適用されない(甲野株式会社事件ー大阪地判平成24年9月27日等を参照)。

民法415条(債務不履行による損害賠償)

415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

民法709条(不法行為による損害賠償)

709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

民法715条(使用者等の責任)

715条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。 

13 労使慣行の効力ー商大八戸ノ里ドライビングスクール事件

大阪高判平成5年6月25日(平成4年(ネ)1581号)

事案の概要

労働協約に反する労働者に有利な観光は、どのような場合に拘束力をもつか。

事実

 Xら6名は、自動車教習所を経営するY会社の自動車教習指導員であった。Y会社は、昭和47年に多数組合であるA労働組合との間で協定を結び、その内容を他の従業員にも及ぼしていた(Xらは、少数組合であるB労働組合の組合員である)。その協定によると、隔週の月曜日を特定休日としたうえで、その休日に出勤した場合には加算された手当が支給され、特定休日が祭日に重なった場合には、特定休日の振替を行わないと定められていた。この規定によれば、月曜日が祭日であった場合に、火曜日に出勤しても加算された手当は支給されないはずであったが、実際には、支給する取扱いが行われてきた。なお、前記の協定と同様の内容の協定は、昭和52年にも交わされているが、その際には、労使双方から、異議の申し出はなかった。

Y会社では、Cが同62年5月に勤労部長になってから、CやY会社の代表も知らなかったこの取扱いが表面化し、Cは同63年10月までかけて、このような取扱いを改めることとした。そこで、Xらは、従来の取扱いに従った賃金の支払を求めて、訴えを提起した(本件では、他の請求もあるが、割愛する)。

 1審は、Xらの請求を認容した。そこで、Y会社は控訴した。なお、本判決に対し、Xらは上告したが、最高裁は、本判決は、正当と是認できるとして上告を棄却している(最1小判平成7年3月9日)。

判旨 控訴認容(1審判決のY会社敗訴部分の取消し、請求棄却)。

 「民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたころと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有している者か、又はその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて一定の裁量権を有する者が規範意識を有していたことを要するものと解される。そして、その労使慣行が右の要件を充たし、事実たる慣習として法的効力が認められるか否かは、その慣行が形成されてきた経緯と見直しの経緯を踏まえ、当該労使慣行の性質・内容、合理性、労働協約や就業規則等との関係(当該慣行がこれらの規定に反するものか、それらを補充するものか)、当該慣行の反復継続性の程度(継続期間、時間的間隔、範囲、人数、回数、頻度)、定着の度合い、労使双方の労働協約や就業規則との関係についての意識、その間の対応等諸般の事情を総合的に考慮して決定すべきことであり、この理は、右慣行が労使のどちらに有利であるか不利であるかを問わないものと解する」。

 本件の取扱いは、かなり長期間継続反復されてきたが、特定休日が祝祭日に重なる頻度は多くなく、期間の割には回数が多くなかったことこと、昭和52年の協定が取り交わされた後に、特定休日の振替に関する協定について労使双方が議論がなされたことはなかったこと、C部長がこの取扱いを知るに至り、直ちに協定どおりに戻したことなどからすると、Y会社が、この慣行によって労使関係を処理するという明確な規範意識を有していたとは認め難い。

解説 

 労使慣行は、就業規則や労働協約等の成分の規定には基づかないものの、雇用の現場において、継続的に繰り返えされている取扱いを指すが、それに、どのような効力が認められるかは場合を分けてみていく必要がある。

 まず、労使慣行は、「事実たる慣習」(民法92条)を根拠に、労働契約の内容となっているを判断できるかが問題となる。本判決は、事実たる慣習の成立要件として、

①同種の行為または事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、

②労使双方がこれによることあお明示的に排除・排斥していないこと、

③当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていること、

をあげている。本件では、③の要件を充足していないことから事実たる慣習の成立は認められないとされたが、③の要件を設けることについては、異論もある。労使慣行は、事実たる慣習であれば、原則として労働契約の内容となるが、事実たる慣習として成立しているかどうかにかかわりなく、ある慣行的取扱いが、黙示的に労働契約に取り入れられていると解釈できる場合もある。いずれにせよ、この意味での労使慣行は、労働契約と同等の効力しかもたないので、就業規則や労働協約よりも不利な内容であれば無効となる。(労契法12条、労組法16条。ただし、全従業員の支持する労使慣行について、就業規則を抵触する場合ででも有効とした裁判例として、野本商店事件ー東京地判平成9年3月25日)。また、労使慣行は、就業規則や労働協約の抽象的な規定を具体化する一種の解釈基準としてとして機能する場合もある。この場合にには、労使慣行は、その就業規則や労働協約と同等の効力をもつことになる。

 このほか、労使慣行は、就業規則や労働協約の抽象的な規定を具体化する一種の解釈基準として機能する場合もある。この場合には、労使慣行は、その就業規則や労働協約と同等の効力をもつことになる。

民法92条

(任意規定と異なる慣習)

民法 第92条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。

労契法12条

(就業規則違反の労働契約)

労働契約法 第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

労組法16条(基準の効力)

労働組合法 第16条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。

14 黙示の労働契約の成否ーパナソニックプラズマプレイ(パスコ)事件

 

最2小判平成21年12月18日(平成21年12月18日(平成20年(受)1240号)(民衆63巻10号275頁)

事案の概要

いわゆる偽装請負の事案で、黙示の労働契約の成立を否定した例

事実

 Xは、平成16年1月にA会社と労働契約を締結し、A会社とY会社との業務請負契約書に基づいて、Y会社のB工場内でY会社の指揮命令下で就労していた。その後、XがY会社での就労を偽装請負として労働局に告発し、Y会社が是正指導を受けたことを契機に、A会社はY会社からの業務請負から撤退した。そこで、A会社は、XにB工場の別部門への異動を打診したがXはこれを拒否して平成17年7月20日に退職した。Y会社は、Xからの直接雇用の要請を受けて、同年8月2日、Xを有期で雇い入れることとした。(ただし、Xは平成18年1月末日をもって、期間満了によりXとの雇用関係が終了したとして、Xの就労を拒絶した。

Xは、A会社を退職する以前から、Y会社との間で黙示の労働契約が成立していたなどと主張して、地位確認等を求めて訴えを提起した。1審は、Xの請求を棄却した(不法行為に関する請求のみ一部認容)ので、Xが控訴したところ、原審は、Xのせいきゅうをほぼ認容した。そこで、Y社は上告した。

判旨 原判決を一部破棄、自判不法行為に(関する請求のみ一部認容)。

「請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとい請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3社間の関係は、労働者派遣法2条1項にいう労働者派遣に該当すると解するべきである。そして、このような労働者派遣もそれが労働者派遣である以上は、職業安定法4条6項にいう労働者供給に該当する余地はない。

「労働者派遣法の趣旨及び取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性の等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合であっても、特段の事情のない限り、そのことだけによって派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効にあることはないと解すべきである。そして、XとA会社との間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがえないから、・・・・両者間の雇用契約は、有効にそんざいしていたものと解すべきである。

「Y会社はA会社によるXの採用に関与していたとは認められないというのであり、XがA会社から支給を受けていた給与等の額をY会社が事実上決定していたといえるような事情もうかがわれず、かえって、A会社にはXにB工場のデバイス部門から他の部門に移るように打診するなど、配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったものとみとめられるのであって、・・・・Y会社とXとの間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない」。

解説①

 業務請負契約に基づいて請負会社が、自社の従業員を発注会社の事業場で働かせる場合、実体として、発注会社の指揮命令下において就労することになる場合がしばしば生じる。この場合、労働者派遣の定義(労働者派遣法2条1項)に該当することになるため、労働者派遣法上の法則(厚生労働大臣の許可)を受けていないとなると、違法派遣(いわゆる偽装請負)となる。

労働契約論としては、こうした違法派遣において、労働者と発注会社との間に黙示の労働契約が成立するのかが問題となる(労契法6条を参照)。本件では、原審はこれを肯定したが、本判決はこれを否定した。(判旨)。本判決は、黙示の労働契約の成否の判断基準について明示していないが、有力な裁判例(その代表的なものが、サガテレビ事件ー福岡高判昭和58年6月7日、66伊予銀行・いよぎんスタッフサービス事件等)と同様、当事者間での意思表示の合意を重視するアプローチをとったものといえる(なお、違法な労働者派遣で派遣先と派遣労働者との黙示の労働契約の成否を否定したものとして、トルコ航空ほか1社事件ー東京地判平成24年12月5日)。

解説②

 このほか、判旨は、請負という契約形式がとられていても、発注会社が直接具体的な指揮命令をしている場合には、労働者派遣と判断している。(行政上の基準としては、昭和61年4月17日労働者告示第37号)。問題は、違法派遣の場合、その労働者派遣が、労働者供給に該当し、職安法(44条)違反も成立するか、という点である(職安法違反となると、発注会社にも罰則が適用可能となる)。学説上は、労働者派遣は元来職安法上の労働者供給に該当するもので、(職安法4条6項)、合法的な労働者派遣のみ労働者供給の定義から外れるという見解もあるが、判旨はこれを否定した。

また、違法派遣に場合に、派遣元(請負)会社と労働者との労働契約が無効となるかという点は、労働者派遣法の取締法規としての性格などに言及した、これを否定した(判旨)。その後、裁判所には、判旨のいう「特段の事情」を背定して、派遣元との労働契約を無効とし、派遣先との黙示の労働契約の成立を認めたものである(マツダ防府工場事件ー山口地判平成25年3月31日)。

 なお、本件のような違法派遣に対しては、平成24年の労働者派遣法の改正により、派遣先が労働契約の申し込みをしたとみなす規定の導入がされている(40条の6

(平成27年10月施行)。

労働者派遣法2条1項(用語の意義)

2条  この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

一  労働者派遣 自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする。

労働者派遣法40条(適正な派遣就業の確保等)

40条6 前項に定めるもののほか、派遣先は、第三十条の二及び第三十条の三の規定による措置が適切に講じられるようにするため、派遣元事業主の求めに応じ、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者が従事する業務と同種の業務に従事する当該派遣先に雇用される労働者に関する情報、当該派遣労働者の業務の遂行の状況その他の情報であつて当該措置に必要なものを提供する等必要な協力をするように努めなければならない。

 

労働契約法6条(労働契約の成立)

6条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

職業安定法4条6項(定義)

4条  この法律において「職業紹介」とは、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつせんすることをいう。

⑥  この法律において「募集情報等提供」とは、労働者の募集を行う者若しくは募集受託者(第三十九条に規定する募集受託者をいう。以下この項、第五条の三第一項及び第五条の四第一項において同じ。)の依頼を受け、当該募集に関する情報を労働者となろうとする者に提供すること又は労働者となろうとする者の依頼を受け、当該者に関する情報を労働者の募集を行う者若しくは募集受託者に提供することをいう。

職業安定法44条 (労働者供給事業の禁止)

44条 何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。

(労働者供給事業の許可)

45条 労働組合等が、厚生労働大臣の許可を受けた場合は、無料の労働者供給事業を行うことができる。

15 法人格否認の法理(1)-黒川建設事件

東京地判平成13年7月25日(平成9年(ワ)13308号)

事案の概要

法人格否認の法理に基づき、未払退職金等について、グループの中核会社等に対する請求が認められた例

事実

X1ちX2ha,企業グループAの関連会社の1つであるB会社に採用された。B会社は、その後、建設部門をY1会社に、設計部門をC会社に移管した後、解散した。X1は、B会社の取締役を経て、C会社の代表取締役になり、それにともないY1会社の取締役を退任し、その後、C会社を退職した。X2は、C会社の専務取締役を経て、X1と同時期にC会社を退職した。X1らは、どの会社からも退職金の支給をされていなかった。

C会社の発行済株式の98%は、Y1会社らAグループ傘下の3会社で保有しており、これら3会社の株式の大半を実質的に保有するのはY2であった。また、C会社は、実質的には、B会社を引き継いだY1会社の一営業部門ないし支社として位置づけられていた。さらに、Y1会社の総務部と財務部は、Aグループ各社の人事部と総務部を一括管理しており、その実質決定権を掌握していたのは、Y2であり、人事・給与等の決定権以外についても、基本的には、C会社はY2およびY1会社所属の総務本部の指示に追随していた。

X1らは、Y1会は、C会社を実質的に支配しており、法人格否認の法理が適用されるべきであるとし、Y1会社およびY2に対し、未払の退職金等の支払いを求めて訴えを提起した。

判旨 一部認容(Y1会社とY2の支払義務を肯定)

「法人格の付与は、法人格が」全くの形骸にすぎない場合、またはそれが法の適用を回避するために濫用されるが如き場合においては、法人格を認めることは、法人格なるものの本来の目的に照らして許すべかざるものというべきであり、法人格を否認すべきことが要請される場合を生ずる」。

「株式会社において、法人格が全くの形骸にすぎないというためには、単に当該会社の業務に対し他の会社または株主らが、株主たる権利を行使し、利用することにより、当該株式会社に対し支配を及ぼしているというのみでは足りず・・・・、当該会社の業務執行、財務管理、会計区分等の実態を総合考慮して、法人としての実体が形骸にすぎないかどうかを判断するべきである」。

 本件では、「C会社の株式会社としての実体は、もはや形骸化しており、これに法人格を認めることは、法人格を認めることは、法人格も本来の目的に照らして許すべかざるものであって、C会社の法人格は否認されるというべきである。」

解説①

 法人格とは、権利・義務の主体となりうる資格である。法人は個人により構成されているとはいえ、法人と個人は別の法人格をもつので、法人が行ったことの責任は、別の法人格をもつ個人の構成員や第三者に及びことは原則としてない(株主の有限責任については、会社法104条を参照)。しかし、このような責任の限定が、社会的正義に反する場合、すなわち、法人格が完全に形骸化されている場合、または、法人格が法律の適用に回避するために濫用されている場合には、その法人格を否認して、その法人を実質的に支配している者に責任を課すという法理が形成されてきた(判旨を参照)これが法人格否認の法理である。この法理は、明文の根拠規定はないが、商法の分野では、最高裁がこの法理の適用を認めており(山世志商会事件ー最1小判昭和44年2月27日)、労働法の分野でも、この法理を適用する裁判例はすくなくない。本件は、法人格の形骸化が問題となったケースであるが、判旨では、形骸化が認められるためには、単に株主らが株主たる権利を行使し、利用することにより、当該株式会社に対し支配を及ぼしているだけでは不十分であり、業務執行、財産管理、会計区分等の実態を総合考慮して判断すべきとしている。

 法人格の形骸化が否定されても、濫用があるとされれば、法人格は否認される。裁判例上は、法人格の濫用が認められるためには、法人を道具のままに支配しているという「支配」の要件と、違法または不当な目的という要件の双方をみたすことが必要であるとする傾向にある。ただし、支配の要件は、専属下請関係など取引上の優越的地位だけからは肯定されるものではない(大阪空港事業(関西航業)事件ー大阪高判平成15年1月30日。支配の要件は充足するが、目的の要件は充足しないとした裁判例として、大阪証券取引所(仲立証券)事件ー大阪高判平成15年6月26日)。

 解説②

 いずれにせよ、この法理は、例外的な救済法理なので、本件のような金銭的な請求とは異なり、労働契約の存在確認のような金銭的な請求とは異なり、労働契約の存在確認のような継続的な効果をもつ請求の場合には、容易にその適用を認めるべきではない。

会社法104条(株主の責任)

104条 株主の責任は、その有する株式の引受価額を限度とする。

16 法人格否認の法理(2)-第一交通産業ほか(佐野第一交通)

大阪高判平成19年10月26日(平成18年(ネ)1950号)

事案の概要

子会社間での事業譲渡後の偽装解散について、親会社はどのような責任を負うか。

事実

 Y1会社は、タクシー事業会社であり、次々とタクシー会社を買収してグループ形成していた。A会社も、Y1会社に買収されたものであり、X2らはA会社の従業員であった。Y1会社は、A会社の経営不振を打開するために、賃金減額を内容とする新しい賃金制度を導入しようとしたが、X2らの所属するX1労働組合はこれを受け入れなかった。そこで、Y1会社は、A会社の営業担当区域を同じグループ内のY4会社に引き継がせることとし、A会社の従業員の移籍などを進めた。その後、Y1会社は、A会社を解散し、X2らは解雇された。X2らは、本件解雇は、X1組合を壊滅させるための不当労働行為であるとして、主位的には、法人格否認の法理に基づき、Y1会社との間で労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と未払賃金の支払を求め、予備的に、Y1会社とその代表取締役であるY2およびY3に対して損害賠償を請求した。なお、X2らは、Y4会社に対しても、法人格否認の法理に基づき、労働契約上の地位にあることの確認と未払賃金の支払を求めている。1審は、Y4会社に対しては雇用契約上の責任を追及できるが、Y1会社に対してはできないとし、一方で、Y2とY3の損害賠償責任は認めた。そこで、XらとYら双方が控訴した。なお、本判決は上告されたが、最高裁は上告棄却・不受理としている。

判旨  原判決変更(以下では、労働契約の存否に関する判示部分のみとりあげる)。

 「たとえ労働組合を壊滅させる等の違法、不当な目的で子会社の解散決議がされたとしても、その決議が会社事業の存続を断念した結果なされ、従前行われてきた子会社の事業が真に廃止されてしまう場合」(真実解散)には・・・・子会社の従業員は、親会社に対し、子会社解散後の継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することはできない」。

 しかし、「親会社による子会社の実質的・現実的支配がなされている状況の下において、労働組合を壊滅させる等の違法・不当な目的で、子会社の解散決議がなされ、かつ、子会社が真実解散されたものではなく、偽装解散であると認められる場合、子会社の解散決議後、親会社が自ら同一の事業を再開血族したり、親会社の支配する別の子会社によって同一の事業が継続されているような場合には、子会社の従業員は、親会社による法人格の濫用の程度が顕著かつ明白であるとして、親会社に対して、子会社解散後も継続的、包括的に雇用契約上の責任を追及することができるというべきである。

 「Y1会社は、・・・・新賃金拝啓の導入に反対していたX1組合を排斥するという不当な目的を実現することを決定的な動機として、・・・・A会社に対する影響力を利用して、A会社を解散したものである」ので、法人格を違法に濫用したといえる。また、Y1会社は、上記の不当な目的をもってA会社を解散し、その事業をY4会社に承継させたことからすると。A会社の解散は偽装解散であるといわざるをえんい。そうすると。X2らは、親会社であるY1会社による法人格の濫用が顕著かつ明白であるので、Y1会社に対してm継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる。

 「一般的には、偽装解散した子会社とおおむね同一の事業を継続する別の子会社との間に高度の実質的同一性がみとめられるなど、別の子会社との関係でも支配と目的の要件を充足して法人格の濫用の法理の適用が認められる等のばあいには、子会社の従業員は、事業を継続する別の子会社に対しても、子会社解散後も継続的、包括的な雇用契約上の責任を追及することができる場合があり得ないわけではない」が、本件は、そのような場合ではない。

解説

 ある会社が、その従業員でそしきされている労働組合を壊滅させるために解散した場合、これが不当労働行為であるとしても、事業の継続を強制することはできない(真実解散。→189東京書院事。この場合には全員解雇してもやむをえない。しかし、解散会社の事業が、その会社と実質的に同一性のある別会社で継続されている場合には、この別会社は解散会社の従業員の労働契約を継承すると解する余地がある(偽装解散)。

 では、親会社が、子会社の労働組合を壊滅させるために子会社を解散した場合はどうか。親会社が子会社の事業を承継しなかった場合でも(真実解散)、支配と目的の要件を充足していれば、法人格の濫用として、労働契約を承継しなければならないかについては争いがあるが、本判決はこれを否定する(判旨)。一方、親会社がこの事業を承継した場合には、子会社の解散は偽装解散と同視することができ、親会社は、子会社の従業員の労働契約を承継すると解される。

それでは、本件のように、子会社の事業を別の会社が承継した場合はどうか。本判決は、このような場合も親会社による偽装解散に含まれ、親会社が労働契約を承継するとし(判旨)、本件はこの場合にあたるとした(判旨)。事業を承継した別の子会社が労働契約を承継するのは、子会社間で高度な実質同一性があり、支配と目的の要件を充足している場合に限られるとし、本件はこれにあたらないとした

(判旨)。

 偽装解散の場合の労働契約の承継の実質的な根拠が、解散会社の事業が実質的に同一の経営主体のもとで継続している限り、雇用の継続を肯定すべきであるという点に」あるとするならば、本件のようなケースを偽装解散と呼んで、そのうえで、濫用目的はあったものの、事業は承継していない親会社との間で労働契約の承継を認める結論には疑問も残る(どちらかの子会社の法人格が形骸化している場合であれば、話は別である)。一方で、事業を承継したとはいえ、A会社と実質的な同一性があると認められないY4会社に労働契約承継を認める結論にも疑問が残る。不法行為によるY1会社への損害賠償責任の追及にとどめるべきとする見解もありえよう。

17 採用の自由-三菱樹脂事件

最東京地判平成13年7月25日(平成9年(ワ)13308号)

事案の概要

使用者は、労働者の思想、信条を理由に、採用を拒否してもよいか。

事実

Xは、大学卒業と同時にY会社に3か月の試用期間を設けて採用されたが、Xが本採用を拒否された主な理由は、XがA大学在学中に学生運動に従事し、デモや集会、ピケなどに参加し、大学生協の役員歴があったにもかかわらず、その事実を採用時に提出した身上書に記載せず、面接試験における質問においても、学生運動への従事等に関して、虚偽の回答をしており、管理職としての適格性に欠けるということにあった。そこでXは、この解雇は無効であるとして、労働契約に基づく権利を有することの確認等を求めて、訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を認容した。そこで、Y会社は上告した。

判旨 原判決破棄、差戻し

憲法19条および14条は、国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定する者ではない。私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれのあり、それが社会的に許容しうる限度を超えるときは、立法措置によってその是正を図ることが可能であるし、また、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、私的自治の原則を尊重しながら、社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方法も存する。

「憲法は、思想、信条の自由や法の下の平等を保障すると同時に、他方、22条、29条において、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由をも基本的人権として保障している。それゆえ、企業者は、かような経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想、信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできないのである。憲法14条の規定が私人のこのような行為を直接禁止するものではないことは前記のとおりであり、また、労働基準法3条は労働者の信条によって賃金そのたの労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についおての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができないことは明らかであり、その他これを公序良俗違反と解すべき根拠も見出すことはできない」。

「企業者が雇傭の自由を有し、思想、信条を理由として雇入れを拒んでも、これを目して違法とすることができない以上、企業者が、労働者の採否決定にあたり、労働者の思想、信条を調査し、そのためその者がこれに関連する事項についての申告を求めることも、これを法律上禁止すされた違法行為とすべき理由はない。

解説

本判決は、使用者の契約締結の自由は、憲法上の経済活動の自由(22条、29条)等に根拠をもつものであり、どのような労働者をどのような条件で雇うかは、「法律その他による特別の制限がない限り」自由であると述べた(判旨)。そして、使用者による信条差別を禁止する労基法3条は雇入れ時における信条差別には適用されないとし、さらにこうした行為は民法上の不法行為(709条)にも該当しないとはんだんした。本判決のいう「法律その他による特別の制限」として、今日では、男女雇用機会均等法5条、雇用対策法10条、障害者雇用促進法34条(なお、36条の2も参照)がある(また、障害者雇用における雇用率の設定も、採用の自由を制限する面がある)が、違法な差別があっても原則として採用請求権は認められないと解されることから、使用者の採用の自由のもつ法的意味は依然として大きい。ただ本判決が、使用者による労働者の思想、信条に関する調査のじゆうまで認めていること(判旨)については、今日では、プライバシー権の保護う観点から疑問がある。実際、健康情報に関する調査については、裁判例上制限が課されている(→B金融公庫事件等)

さらに最近では、有期労働契約の無期転換や雇止めの制限に関する規定において、労働契約のみなし承諾が定められたり(労契法18条、19条)、派遣先の労働契約のみなし申しこみ制(労働者派遣法40条の6)→14

パナソニックプラズマプレイ(パスコ)事件の解説)が定められたりするなど、雇用政策的な観点から、従来、採用の自由の根幹にあるとされてきた契約締結の自由を直接制約する立法がなされている点が注目される。

なお、組合差別(労組法7条1項)については179JR北海道・日本貨物鉄道事件の判旨を参照。

憲法14条法の下の平等、貴族制度の禁止、栄典

14条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

② 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。

③ 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。

憲法19条思想及び良心の自由

19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

憲法22条居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由

22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

② 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

憲法29条財産権

29条 財産権は、これを侵してはならない。

② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる

民法1条(基本原則)

1条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

3 権利の濫用は、これを許さない。

民法90条(公序良俗)

90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

民法709条(不法行為による損害賠償)

709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

労働基準法3条 (均等待遇)

3条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

男女雇用機会均等法5条(性別を理由とする差別の禁止)

5条 事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。

雇用対策法10条(基本的理念)

3条 労働者は、その職業生活の設計が適切に行われ、並びにその設計に即した能力の開発及び向上並びに転職に当たつての円滑な再就職の促進その他の措置が効果的に実施されることにより、職業生活の全期間を通じて、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする。

2  労働者は、職務の内容及び職務に必要な能力、経験その他の職務遂行上必要な事項(以下この項において「能力等」という。)の内容が明らかにされ、並びにこれらに即した評価方法により能力等を公正に評価され、当該評価に基づく処遇を受けることその他の適切な処遇を確保するための措置が効果的に実施されることにより、その職業の安定が図られるように配慮されるものとする。

障害者雇用促進法34条

(障害者に対する差別の禁止)

34条 事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならない。

障害者雇用促進法36条の2

(雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置)

36条の2  事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となつている事情を改善するため、労働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。

労働契約法18条(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)

18条 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

2 当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が六月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む二以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該二以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が一年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に二分の一を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。

労働契約法19条

(有期労働契約の更新等)

19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

労働者派遣法40条の6

40条の6  労働者派遣の役務の提供を受ける者(国(行政執行法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第四項に規定する行政執行法人をいう。)を含む。次条において同じ。)及び地方公共団体(特定地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成十五年法律第百十八号)第二条第二項に規定する特定地方独立行政法人をいう。)を含む。次条において同じ。)の機関を除く。以下この条において同じ。)が次の各号のいずれかに該当する行為を行つた場合には、その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行つた行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかつたことにつき過失がなかつたときは、この限りでない。

一  第四条第三項の規定に違反して派遣労働者を同条第一項各号のいずれかに該当する業務に従事させること。

二  第二十四条の二の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。

三  第四十条の二第一項の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること(同条第四項に規定する意見の聴取の手続のうち厚生労働省令で定めるものが行われないことにより同条第一項の規定に違反することとなつたときを除く。)。

四  第四十条の三の規定に違反して労働者派遣の役務の提供を受けること。

五  この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第二十六条第一項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受けること。

2 前項の規定により労働契約の申込みをしたものとみなされた労働者派遣の役務の提供を受ける者は、当該労働契約の申込みに係る同項に規定する行為が終了した日から一年を経過する日までの間は、当該申込みを撤回することができない。

3 第一項の規定により労働契約の申込みをしたものとみなされた労働者派遣の役務の提供を受ける者が、当該申込みに対して前項に規定する期間内に承諾する旨又は承諾しない旨の意思表示を受けなかつたときは、当該申込みは、その効力を失う。

4 第一項の規定により申し込まれたものとみなされた労働契約に係る派遣労働者に係る労働者派遣をする事業主は、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から求めがあつた場合においては、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者に対し、速やかに、同項の規定により労働契約の申込みをしたものとみなされた時点における当該派遣労働者に係る労働条件の内容を通知しなければならない。

労働組合法7条1項 (不当労働行為)

7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。

二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。

三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。

四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

18 採用の際の労働条件明示-日新火災海上事件

東京高判平成12年4月19日(平成11年(ネ)1239号)

事案の概要

採用の際に労働条件について不十分な説明しか受けていなかった場合、労働者はどのような救済を求めることができるか。

事実

Xは、Y会社が求人広告誌に出した、「89、90年既卒者を対象として、もう一度新卒と同様に就職の機会をもっていただく制度があります。もちろんハンディはない。たとえば、89年卒の方なら、89年に当社に入社した社員の現時点での給与と同等の額をお約束します」という記事をみて、Y会社に応募し中途採用された。事前の説明会で示された書面では、採用後の労働条件について、各種手当の額は表示されていたが、本給については具体的な額を示す資料は提示されていなかった。その後、Xは労働契約を締結し入社した。Xは、Y会社の運用基準により、新卒同年次定期採用者の下限に格付けられていたが、そのことを1年後にはじめて知らされた。Xは、労働基準監督署にY会社に対する是正措置の発動を求め、これを受けて、同監督署はY会社への行政指導を行った。その後、Xは、印刷室への配置転換を命じられたが、当初の契約内容と異なることなどを理由に拒絶した。

Xは、Y会社との間で、新卒同年次定期採用者の平均格付による給与を支給することが雇用契約の内容となっていたと主張して、未払い賃金の支払いを求め、さらに雇用契約違反の誤った格付けにより、賃金差別を受けて、精神的苦痛を受けたとして慰謝料の支払い等も求めて訴えを提起した。1審は、Xの請求を棄却したので、Xは控訴した。

判旨 原判決変更(一部認容、一部棄却)

 求人広告は、それをもって雇用契約の申し込みの意思表示とみることはできないし、その記載自体から、本件雇用契約がX主張の内容をもって成立したとはいえない。

 Y会社の人事担当責任者によるXへの説明は、内部的にすでに決定している運用基準の内容を明示せず、かつ、Xをして新卒同年次定期採用者と同等の給与待遇を受けることができるものと信じさせかねないものであった点において不適切であり、そして、Xは入社時において前記のように信じたものと認めるべきであるが、Y会社とXとの間に、本件雇用契約上、新卒同年次定期採用者の平均的格付による給与を支給する旨の合意が成立したものと認めることはできない。

 Y会社は、内部的には運用基準により中途採用者の初任給を新卒同年次定期採用者の現実の各付のうち下限の格付のより定めることを決定していたにもかかわらず、Xら応募者にそのことを明示せず、就職情報誌での求人広告や

社内説明会において、応募者をしてその平均給与と同等の給与処遇を受けることができるものと信じさせかねない説明をしていたものであり、これは、労基法15条1項に規定するところに違反するものというべきであり、そして、雇用契約締結に至る過程においる信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成する。

また、Y会社は、Xに対し、雇用契約締結の過程における説明および印刷室への配置転換の点において不法行為を行ったと認めるべきであるところ、本件に現れた一切の事情を考慮して、Xが被った精神的苦痛に慰謝すべき金額は、金100万円が相当である。

解説

労基法15条は、労働契約の締結の際に、使用者に対して、労働条件を明示する義務を課している(パートの労働者に対しては、短時間労働者法6条に基づく義務もある)。使用者がこの義務に違反した場合には、労働者に即時解除の権利が認められていり(15条2項)。しかいs、実際には、労働者は労働契約を解除することは自己に不利になるので、労働契約を存続させたままで、労働条件の内容を適切に確定することを望む場合が多いであろう。

本件のように、使用者側において求人広告や会社説明会の際に誤解を招くような言動があったとしても、使用者が労働条件について明確な意思表示をしていない場合には、労働者が信じた内容の労働契約が成立したと認めることはできない(判旨 )。ただ、その場合でも、労働契約成立過程における信義則に反するとして、使用者に損害賠償責任が認められる可能性はある。

なお、労契法は、使用者に対して、労働者に提示する労働条件について「労働者の理解を深めるようにするものとする」と定めている(4条1項)。労働契約における信義則上も、使用者は、労働条件の内容について労働者に情報定居をし、説明する義務があると解するべきである。

労基法15条1項・2項

(労働条件の明示)

15条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

② 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。

労契法4条1項

(労働契約の内容の理解の促進)

4条 使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。

短時間労働者法6条

 (労働条件に関する文書の交付等)

6条 事業主は、短時間労働者を雇い入れたときは、速やかに、当該短時間労働者に対して、労働条件に関する事項のうち労働基準法 (昭和二十二年法律第四十九号)第十五条第一項 に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものであって厚生労働省令で定めるもの(次項及び第十四条第一項において「特定事項」という。)を文書の交付その他厚生労働省令で定める方法(次項において「文書の交付等」という。)により明示しなければならない。

2 事業主は、前項の規定に基づき特定事項を明示するときは、労働条件に関する事項のうち特定事項及び労働基準法第十五条第一項に規定する厚生労働省令で定める事項以外のものについても、文書の交付等により明示するように努めるものとする。

19 採用内定ー大日本印刷事件

最2小判昭和54年7月20日(昭和52年(オ)94号)(民集33巻5号582頁)

事案の概要

内定の取消しは、どのような場合に有効となるのか。

事実

Xは、昭和43年に、Y会社の翌年3月卒業予定者の求人募集に応募し、同年7月13日に内定の通知を受けた。Xは、誓約書に所定事項を記載してY会社に返送した。ところが、翌年2月12日、Y会社はXに理由を示さないまま採用内定取消を行った。その後、Y会社は、Xには「グルーミー(陰気)な印象」が当初からあり、それを打ち消す材料が出なかったことが、誓約書の採用内定取消事由に該当すると判断した、という理由を明らかにした。Xは、従業員としての地位の確認等を求めて訴えを提起した。1審および原審ともにXの請求を認容した。そこで、Y会社は上告した。

判旨 上告棄却

 (1)採用内定の実態は多様であり、採用内定の法的性質について一義的に論断することは困難あるので、具体的事実につき、採用内定の法的性質を判断するにあたっては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。

 本件では、「本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったことを考慮するとき、Y会社からの募集(申込の誘引)に対し、Xが応募したのは、労働契約の申込み違であり、これに対するY会社からの採用内定通知は、右申込みに対する承諾であって、XとY会社との間に、Xの就労の始期を昭和44年大学卒業直後とし、それまでの間、本件誓約書記載の5項目の採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと解するのが相当とした原審の判断は、正当である」。

 採用内定期間中の留保解約権の行使は、使用期間中の留保解約権の行使と同様に解すべきであり、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるものに限られると解するのが相当である。

解説

採用内定により、どのような法律関係が生じるかは、具体的な事案に応じて異なりうる(判旨(1))が、本件では、採用内定通知のほかに労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかったので、Xの応募が「労働契約の申込み」にあたり、Y会社からの採用内定通知が「申し込みに対する承諾」と判断されている(判旨(29)。この段階で、労働契約の成立に向けた確定的な意思が、労働者と使用者の双方に認められたということであろう。

採用内定通知で労働契約が成立したとしても、就労を始めるのは入社日であるので、この労働契約は、入社日(本件では、大学卒業直後)を始期としたものになる。この「始期」の意味は、本判決では就労の始期と解しているが、判例のあには、効力発生の始期とかいしたものもある。(電電公社近畿電通局事件ー最2小判昭和55年5月30日)。新規学卒者を想定すると、採用内定者は学生であるので、特段の合意がない限り、後者と解した方がよいであろう。その場合の採用内定期間の研修は、業務命令によるものではなく、内定者との合意を基礎として、行われるべきこととなる(アイガー事件ー東京地判平成24年12月28日。そのほか、宣伝会議事件ー東京地判平成17年1月28日も参照)。

さらに、本判決は、採用内定段階で成立している労働契約は、誓約書の基づく解約権が留保されたものと判断している(判旨(29)。解約権が留保されていることの法的意味は、一般の従業員に対して適用される就業規則上の解雇事由に加えて、特別な解約事由が追加されていることにある。

採用内定取消しは、留保解約権の行使ということになるが、これは、法的には解雇であるので、権利濫用法理に服することになる(労契法16条)。本判決は、具体的な判断基準として、留保解約権の行使は、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」と述べている(判旨。試用期間中の本件採用拒否に関する20神戸広陵学園事件の解説も参照)。

労働契約が成立しているとなると、労基法等の労働保護法規(労基法15条、20条など)の適用もありうることになるが、採用内定関係の特殊性を考慮した修正は必要となる。

なお、採用内々定の段階での破棄は、解雇にはならないが、場合によっては期待権侵害の不応行為に該当する可能性はある(コーセーアールイー(第1)事件ー福岡高判平成23年2月16日、同(2)事件ー福岡高判平成23年3月10日)。

労契法16条(解雇)

16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

労働基準法15条 (労働条件の明示)

15条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。

② 前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。

③ 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。

労働基準法20条(解雇の予告)

20条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

② 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。

③ 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。

20 有期労働契約と試用期間ー神戸弘陵学園事件

最3小判平成2年6月5日(平成元年(オ)854号)(民集44巻4号668頁)

事案の概要

使用目的で有期労働契約を締結することはできるか

事実

A高等学校を設置する学校法人Y学園は、昭和59年4月1日付でA校の社会科担当の常勤講師としてXを採用した。Xは採用面接の際、Y学園の理事長から、契約期間は一応、同年4月1日から1年とすること、および1年間の勤務状態をみて再雇用するか否かの判定をすることという説明を受けて、彩桜の申出を受け、これを受諾した。同年5月中旬、Xは、あらかじめY学園より交付されていた「Xが昭和60年3月31日までの1年の期限付の常勤講師としてY学園に採用される旨の合意がXとY学園との間に成立したこと及び右期限が満了したときは解雇予告その他何らかの通知を要せず期限満了の日に当然退職の効果を生ずること」などが記載されている期限付職員契約書に自ら署名捺印した。Y学園は、昭和60年3月21日にXの労働契約は期間満了をみって終了する旨の通知を行ったので、Xは教諭の地位確認と同年4月以降の賃金の支払いを求めて訴えを提起した。1審および原審は、Xの請求を棄却した。そこで、Xは上告した。

判旨  原判決破棄、差戻し。

 「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、使用期間であると解するのが相当である。

 「試用期間付雇用契約の法的性質については、使用期間中の労働者に対する処遇の実情や試用期間満了時の本採用手続の実態等に照らしてこれを判断するほかないところ、使用期間満了時の本採用手続の実態等に照らしてこれを判断するするほかないところ、使用期間中の労働者と同じ職場で同じ職務に従事し、使用者の取扱いにも各段変わったことはなく、また、使用期間満了時に再雇用(すなわち本採用)に関する契約書作成の手続が採られていないような場合には、他に特段の事情が認められない限り、これを解雇権留保付雇用契約であると解するのが相当である。

 「解雇権留保付雇用契約における解約権の行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合に許されるものであって、通常の雇用契約における解雇の場合よりも広い範囲における解雇の自由を認められてしかるべきであるが、試用期間付雇用契約が使用期間の満了により終了するためには、本採用の拒否すなわち留保解約権の行使が許される場合でなければならない」。

解説

1 三菱樹脂事件・最高裁判決(→17は、当該事案における使用期間中にの法律関係を、解約権留保条項付雇用契約であるとしたうえで、留保解約権の行使は、「法が企業者の雇用の自由について雇入れの段階と雇入れ後の段階とで区別を設けている趣旨、また、雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあること、また、いったん特定企業との雇用関係の継続にちゅいての期待の下に、他企業への就職の機会と継続についての期待の下に、他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることを考慮」して、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される、とした(本判決の判旨も同旨)。

そして、その具体的な判断基準として、使用者が採用決定後の調査の結果により、または使用中の勤務状況等により、当初知ることができず、また、知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そおのような事実に照らし、その者を引き続き当該会社に雇用しておくのが適当でないと判断することが客観的に相当と認められるなければ留保解約権の行使はできない、としている。

採用には、ミスマッチが不可避なので、採用当初であれば、解雇も緩やかに認めてよいとする考え又もある。本判決の趣旨も、試用期間中は、「通常の雇用契約における解雇の場合よりもより広い範囲におけるかいこの自由が認められてしかるべき」としている。少なくとも三菱樹脂事件で問題となった、終身雇用を前提とした正社員として採用された新規学卒者とは異なり、これまでの職歴などから一定水準以上の能力をもちゅことを前提に中途採用された労働者のようなケースでは、原則として、通常の解雇の場合よりもより広い範囲で解雇の自由が認められるべきであろう。

2労働契約に期間を定める場合に、それがいかなる目的によるべきかについての法律上の規制はない。ところが本判決は、契約の解釈としてではあるが、期間を設けた趣旨および目的が労働者の適正を評価、判断するためのものであるときは、この期間は、原則として、契約の存続期間ではなく、試用期間であると解されると判断した。ただし、「期間の満了により、右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合」は例外とした(判旨)。この例外を認めたとみることも可能な判例が最近登場した(→21福原学園(九州女子短期大学)事件)。

21 試用目的の有期労働契約ー福原学園(九州女子短期大学)事件

最1小判平成28年12月1日(平成27年(受)589号)

事案の概要

3年を上限とする有期雇用の短大講師の短大講師の無期雇用への移行を認められなかった例。

事実

Xは、平成23年4月1日、Y法人との間で、契約期間を同日から同24年3月31日までとする有期労働契約を締結して、Yの運営するA短大の講師として勤務していた。Yの規定(本件規定)には、契約職員の雇用期間は、契約職員が希望し、かつ、当該雇用期間を更新することが必要と認められる場合は、3年を限度に更新することがある(在職中の勤務成績が良好であることが条件)、また、契約職員のうち、勤務成績を考慮し、Yがその者の便用を必要と認め、かつ、当該者が希望した場合は、契約期間満了時に、期間の定めのない職種に異動できるものとする。とされていた。

Yは、平成24年3月19日、Xに対し、同月31日をもって本件労働契約を終了する旨を通知した。そこでXは、訴訟を提起したが。Yは、平成25年2月7日、Xに対し、仮に本件契約が同24年3月31日をもって終了していないとしても、同25年3月31日をもって本件労働契約を終了する旨を通知した。

さらにYは、平成26年1月22日付けで、Xに対し、契約期間の更新の限度は3年とされているので、仮に本件労働契約が終了していないとしても、同年3月31日をもって本件労働契約を終了する旨(本件雇止め)を通知した。

A短大を含むYの運営する3つの大学では、平成18年度から同23年度までの6年間に新規採用された助教以上の契約職員のうち、同年度末時点において3年を超えて勤務していた者は10名であり、そのうち8名についての労働契約は3年目の契約期間の満了後に期間の定めのないものとなっていた。1審は、雇止めを制限する労契法19条2号を適用として、平成25年3月31日の期間満了後も有期労働契約が更新されるとした(福岡地小倉支判平成26年2月27日。平成24年の雇止めは、労契法の施行前なので、雇止め制限法理により無効とした)。原審は、平成24年と25年の雇止めは1審判決を維持し、平成26年の雇止めについては、契約期間3年は試用期間であり、特段の事情がない限り、無期労働契約に移行するとして、結論もこれを認めた(福岡高判平成26年12月12日)。そこで、Y法人が上告した。

判旨 

原判決破棄、自判(Xの請求棄却)

「本件労総契約は、期間1年の有期労働契約として締結されるものであるところ、その内容となる本件規定には、契約期間の更新限度で3年であり、その満了時に労働契約を期間の定めのないものとすることができるのは、これを希望する契約職員の勤務成績を考慮してYが必要であると認めた場合である旨が明確に定められていたのであり、Xもこのことを十分認識していたう上で、本件労働契約を締結したものとみることができる」。

「上記のような本件労働契約の定めに加え、Xが大学の教員としてYに雇用された者であり、大学の教員の雇用については、一般に流動性があることが想定されていることや、Yの運営する3つの大学において、3年の更新限度期間の満了後に労働契約が期間の定めのないものとならなかった契約職員も複数に上がっていたことに照らせば、本件労働期間が期間の定めのないものとなるか否かは、Xの勤務成績を考慮して行うYの判断に委ねられているものというべきであり、本件労働契約が3年の更新限度期間の満了時に当然に無期労働契約となることを内容とするものであったと解することはできない」。

解説

労働者の適性の判断のために設定された期間は原則として、試用期間となるが、「期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意」があれば、契約の存続期間と解されるとするのが判例の立場である(→20神戸弘陵学園事件)。

本件では、Xは、Yの規定上、有期労働契約の上限が3年であり、その後は勤務成績が良好な者だけが無期労働契約に移行できるということを十分に認識していた。もっとも、本件を有期労働契約の雇止めの問題としてとらえると、こうした期間の上限設定の合意が雇止めの制限法理(労契法19条)の適用を排除できるかという、不更新条項の場合と同様の論点が浮上する(→68本田技研工業事件)。

この点、原審は、Y法人の認識や契約職員の更新の実態等に照らせば、本件の有期労働契約の上限3年は、契約の存続期間ではなく、試用期間であるとしたうえで、特段の事情がない限り、無期労働契約に移行するとのXの期待には客観的な合理性があることに加え、過去の2度の雇止めがいずれも無効になった結果、本件、労働契約が更新され、その後も、無期労働契約への移行を拒むに足りる相当な事情が認められない以上、Y法人はXからの無期労働契約の申込みを拒むことはできないとした。

これに対して、最高裁は、3年の期間を試用期間としする解釈をとらず、あくまで有期労働契約の更新の上限ととらず、あくまで有期労働契約の更新の上限ととらえたうえで、3年経過後の無期転換の可能性を検討し、結論として、本件の事実関係(本件規定をふまえた労働契約の締結、大学教員の流動性、実際に無期転換していない者の存在など)からは、無期転換が認められる事情はないとした。

労契法19条(有期労働契約の更新等)

19条 有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。

一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。

二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。

22 懲戒権の根拠ー関西電力事件

最1小判昭和58年9月8日(昭和53年(オ)1144号)

事案の概要

勤務時間外において、職場外で、使用者を誹謗中傷するビラを配布する行為に対する譴責性分は有効か。

事実

Y会社の発電所に勤務するXは、昭和44年1月1日の未明に、社宅において、会社を誹謗中傷する表現を含むビラを、約350枚配布した。Y会社は、Xの行為は、就業規則に定める懲戒事由に該当するとして、Xに対して譴責処分を課した。そこで、Xは、この処分の無効確認等を求めて訴えを提起した。1審はXの請求を認容したが、原審は棄却した。そこで、Xは上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求棄却)

 「労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課すことができる。

 「企業秩序は、通常、労働者の職場内または職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない労働者の行為であっても、企業の円滑な運営に支障をきたすことがあるなど、企業秩序に関係を有するものもあるのであるから、使用者は、企業秩序の維持確保のために、そのような行為をも規制の対象とし、こtれを理由として労働者に懲戒を課すことも許される」。

解説

 懲戒処分とは、使用者が、企業秩序を維持するために、それを侵害した労働者に対して制裁として課すものである。譴責、減給、降格、出勤停止、諭旨退職、懲戒解雇等を定めている。

理論的には、労働契約関係の一当事者である使用者が、一方的に労働者に対して不利益な制裁処分を行うことができる根拠はどこにあるのかは、今日でもなお十分に解明されていない重要な論点である。学説上は、大きく分けて、固有権説と契約説がある。固有権説は、使用者は企業経営のために必要な秩序を維持するために懲戒権を当然に保有しているとし、これによると、就業規則がない事業場や就業規則に懲戒規定がない場合でも、使用者は懲戒権を行使することができる。

他方、契約説は、労働契約において合意が成立している範囲でのみ、使用者は懲戒権を行使することができるとする。

本判決は、労働契約の締結により、労働者は企業秩序順守義務を負い、使用者は、労働者がその義務に違反した場合には、一種の制裁罰である懲戒を課すことができるとする(判旨、企業秩序件については、→29富士重工事件の判旨を参照)。この考え方は固有権説の立場に近いと解されるが、判例は同時に、使用者が懲戒処分を課す場合には、「規則の定めるところに従い」行うものとも述べているので(→171国鉄札幌運転区事件「判旨外」)、実際上は、就業規則の規定の解釈・適用がポイントとなる(その後の判例は、就業規則の規定に基づかない懲戒処分を無効と判断している。→78フジ興産事件)。

また、労基法は、制裁(懲戒)の種類および程度を就業規則の必要記載事項としている(89条9号)ので、前記の学説の対立は意味がないと思われる(契約説でも、就業規則の懲戒規定が合理的な内容であれば、懲戒権は認められると解することになろう。労契法7条が、就業規則の作成義務のない零細事業場(常時10人以上の労働者を使用していない事業場)では、なお両説の違いは意味をもつことになる。

2本判決は、労働者が職場外で職務遂行に関益なくした行為であっても、企業秩序を侵害することがあり、その場合には、懲戒処分を課することができると述べている(判旨)。本件のビラ配布の内容について、原審は「ビラの内容が大部分事実に基づかず、又は、事実を誇張湾曲してY会社を非難攻撃し、全体として、これを中小誹謗するものであり、右ビラの配布により労働者の会社に対する不信感を醸成して企業秩序を乱し、又はそのおそれがあったもの」と認定しており、本判決も、結論としてこの判断を指示している(判旨外)。

その後の判例においても、会社の原子力発電所批判のビラ配布に対して、「会社の体面をけがした者」等の懲戒処分に該当するとして課された休職処分・減給処分の有効性が肯定されている(中国電力事件ー最3小判平成4年3月3日)。

本件では、譴責という軽い懲戒処分であったことも結論に影響していよう。判例は、私生活上の非違行為に対する重い懲戒処分には、その有効性を容易には認めてはない(たとえば、27横浜ゴム事件)。

労基法89条9号

89条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項

労契法7条

7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

23 懲戒権の濫用ーネスレ日本事件

最2小判平成18年10月6日(平成16年(受)918号)

事案の概要

上司に対して暴力をふるった労働者に対して、約7年後の不起訴処分の後に行われた諭旨解雇処分は有効か

事実

Y会社の工場に勤務する従業員X1,X2は、体調不良による欠勤を有給休暇に振り替えたいと申し出たが、上司に拒否された。そのため、Xらは、上司に抗議したが、その際、上司の腹部等に暴行を加え、傷害を負わせた。Y会社は、Xらに懲戒処分を課すことを検討したが、Xらの処分は警察の捜査の結果を受けて決定することとし、処分を保留した。Xらは、事件があった日から約7年後に不起訴処分となった。Y会社は、Xらを、所定の日までに退職願が提出されれば退職金を支給するが、退出されなかったときには懲戒解雇する旨の諭旨退職処分とした。Xらは、退職願を提出しなかったので懲戒解雇された。

そこで、Xらは、懲戒解雇の無効確認を求めて訴えを提起した。1審は。Xの請求を認容したが、原審は、解雇は有効であるとして、Xの請求を棄却した。そこで、Xは上告した。

判旨  原判決破棄、自判(Xらの請求認容)。

 「使用者の懲戒権の行使は、企業秩序維持の観点から、労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものであるが、就業規則所定の懲戒事由に該当する事実が存在する場合であっても、具体的事情の下において、それが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、権利の濫用として無効となる」。

 Y会社は、警察の捜査結果を待たなくても、懲戒処分を決定することが十分に可能であり、長期間にわたって懲戒処分を保留とする合理的な理由は見出し難い。しまも、不起訴処分となったにもかかわらず、本件諭旨退職処分のような思い懲戒処分を行うことは、その対応に一貫性を欠くものといわざるを得ない。

 暴行事件から7年以上経過した後にされた本件諭旨解雇処分は、処分時点において、企業秩序維持の観点から、そのような思い懲戒処分を必要とする客観的に合理的な理由を欠くものといわざるを得ず、社会通念上相当なものとして是認することはできない。

解説

懲戒処分は、従業員の非違行為に対する制裁である以上、その処分の理由となった非違行為と処分の内容との均衡が必要となる(相対性の原則)。そして、このような均衡を欠く場合は、懲戒権の濫用として無効と判断される。

この点、判例は、より一方的に、「当該具体的な事情の下において、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認することができない場合に・・・・権利の濫用として無効になる」と定式化してきた(ダイハツ工業事件ー最2小判昭和58年9月16日。判旨も同旨)。そして、労契法15条は、この判例法理を成文化して、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認めららない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と規定した。

懲戒処分の中でも懲戒解雇については、単に雇用を失うだけでなく、退職金も支払われないことが多く、しかも現実には、再就職も困難になるというような大きな不利益をもたらすものであるため、よほどの重大な非違行為がなければ懲戒権の濫用権の濫用になると判断されるべきである(なお、懲戒解雇については、労契法15条と16条のいずれの法条が適用されるか、あるいは重畳適用されるか、という論点もある)。

本件では、Xらの非違行為について、Y会社が警察の捜査結果を待ったうえで処分をすることとし、結局、不起訴処分となったこと、また、非違行為が行われた時点から7年以上が経過していること、という事情が考慮されて、懲戒権の行使は無効であると判断された。労契法15条が適用されていれば、これらの事情は「その他の事情」として考慮されることになろう(本件は、労契法施行前の事件である)。

懲戒権の行使は、前記のような「相当性の原則」に反する場合だけでなく罰刑法定主義類似の原則(懲戒事由や懲戒処分の種類が就業規則で明記されたものでなければならないこと。不遡及の原則、一事不再理の原則(懲戒事由や懲戒処分の種類が就業規則で明記されたようなものでなければならないこと、不遡及の原則、一事不再理の原則等)に反する場合や「平等取扱いの原則」(同種の事例については、同じ処分がなされるべきこと)に反する場合にも濫用となる可能性がある(これらも労契法15条の「その他の事情」に含まれることになろう)。

労契法15条(懲戒)

15条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労契法16条 (解雇)

16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

24 懲戒処分事由の事後的追加ー山口観光事件

最1小判平成8年9月26日(平成8年(オ)752号)

事案の概要

懲戒処分後に判明した非違行為を処分理由に追加することは認められるか。

事実

Y会社において、マッサージ業務に従事していた女性従業員Xは、疲労のために休暇を請求したところ、懲戒解雇された。Xは懲戒解雇の有効性を争って地位保全の仮処分を申した立てたていたところ、Y会社は、答弁書を通して、仮に懲戒解雇(本件解雇)が無効であるとしても、この従業員が採用の際に提出した履歴書に年齢の虚偽記載(昭和9年生まれ(57歳)のところを、昭和21年生まれ(45歳)と記載)があるとして、それを理由とする予備的な懲戒解雇(予備的解雇)の意思表示も行った。

Xが懲戒解雇の無効確認と未払賃金の支払いを求めた訴訟において、1審は、最初の懲戒解雇は無効であるが、経歴詐称については、懲戒解雇事由となるものの、予備的解雇の意思表示をした時点で有効となるものの、予備的解雇の意思表示をした時点で有効となるとして、予備的解雇の時点までの未払賃金は認容した。XとY会社双方が控訴したが、いずれの控訴も棄却された。そこで、XとY会社は上告した。

判旨 上告棄却。

「使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものであるから、具体的な懲戒の適否は、その理由とされた非違行為との関係において判断されるべきものである。したがって、懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為は、特段の事情のない限り、当該懲戒の理由とされたものでないことが明らかであるから、その存在をもって、当該懲戒の有効性を根拠付けることはできないものというべきである」。

解説

 本判決は、懲戒当時に使用者側が認識していなかった非違行為は、懲戒処分の理由とされたものでないので、当該懲戒処分の有効性を根拠付けることはできない、と述べている(認識していても、懲戒事由にあげていなかった非違行為も同じである「ザ・トーカイ事件ー東京地判平成26年7月4日」。)

懲戒処分は、手続上、処分の理由となった非違行為を非あり、そのような処分者である労働者に告知し、その弁明者の意見を聴取する手続(会社によっては、賞罰委員会等を設置して処分を行うことを定めているところもある)を踏んだうえで行うことが必要であり、そのような手続を経ない懲戒処分は原則として権利濫用となると解すべきである(労契法15条「その他の事情」で考慮される事情と解すべきであろう。なお、処分内容が軽微である場合には、手続違反があっても懲戒処分を無効としなかった裁判例もある「たとえば、海外漁業協力財団事件ー東京高判平成16年10月14日」)。したがって、本件のように被処分者に告知されていない理由に基づく懲戒処分も、このような手続的な適正さという観点から懲戒権の濫用であると解することもでkるであろう(ただし、判旨は、必ずしも手続の適正さという観点から本件を捉えているわけではない。

なお、解雇通知に懲戒解雇事由としてあげられていた事由でも、初審で主張していなかったものを2審で主張することを、時機に後れた攻撃防御方法の提出として却下した裁判例として、A住宅福祉協会事件ー東京高判平成26年7月10日)。 

 本件とは異なり、懲戒処分当時に会社が認識して非違行為については、「告知された非違行為と実質的に同一性を有し、あるいは同種もしくは同じ類型に属すると認められるもの又は密接な関連性を有するものである場合」には、たとえ懲戒解雇の際に告知されなかったとしても当該懲戒処分の有効性を根拠付けることができる(富士見交通事件ー東京高判平成13年9月12日)。この場合には、処分理由の追加は、処分された労働者にとっての不意打ちとはならず。実質的に弁明の機会は損なわれていないということができる。

なお、本件では、Y会社は、1回目の懲戒解雇について、懲戒解雇として無効であっても、普通解雇として有効となると主張している。このような主張は、認められるのであろうか。懲戒解雇の意思表示の中に普通解雇の意思表示が含まれているとすれば、(「大は小を兼ねる」)。懲戒解雇が無効である場合には、普通解雇としての有効性を検討してよいことになる。学説上は、これを肯定する見解と、懲戒解雇と普通解雇は制度上区別されるべきものとして否定する見解とがある

(ただし、後者の見解でも、同一の非違行為について、懲戒解雇事由に該当するだけでなく、普通解雇事由にも該当するするとして予備的に普通解雇の意思表示をすることは可能とする)。本件の原審は、仮に前者の見解に従っても、普通解雇としても無効であると判断している。

また、本件では、年齢詐称が懲戒解雇事由となるかも争われているが、本判決はこれを肯定している(経歴詐称については、→28炭研精工事件)。

労契法15条 (懲戒)

15条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

25 懲戒事由(1)職場内での政治活動ー電電公社目黒電報電話局事件

最3小判昭和52年12月13日(昭和47年(オ)777号)(民衆31巻7号974頁)

事案の概要

職場内での政治活動等を理由とする戒告処分は有効か。

事実

XはY公社A局に勤務する職員である。Xは、A局において、作業衣左胸に、青地に白字で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプレートを着用して勤務した。Xの上司は、Xに対し、そのようなプレートをつけないよう注意を与えたが、Xはこれに従わなかった。Xは、プレートの取り外し命令は不当であると考え、これに抗議する目的で、局所管理責任者である庶務課長の許可を受けることなく、ビラ数十枚を、休憩時間中に各課の休憩室や食堂で職員に手渡し、休憩室のない一部の職場では、職員の机上に置くう方法で配布した。

Y公社はXに対し、プレートの着用行為等は、就業規則の禁止規定(プレートの着用については、5条7項「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない」という規定)に違反し、懲戒事由に該当するとして、戒告処分に付した。そこで、Xは、その他分の無効確認を求めて訴えを提起した。1審はXの請求を認容し、原審はY公社の控訴を棄却した。そこで、Y公社は上告した。

判旨

原判決破棄、1審判決の取消し(以下では、プレート着用に関する部分のみとりあげる)。

 本プレート着用行為は、就業規則5条7項反することは明らかであるが、この規定は、局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に規定に違反するようにみえるばあいであっても、実質的に局所内の秩序風紀をを乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、規定の違反になるとはいえない。

日本電信電話公社法には、職務専念義務規定があるが、これは職員が、その勤務時間および職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、職務のみ従事しなければならないことを意味するものであり、規定の違反が成立するためには、現実の職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件では、プレート着用行為は、職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行ったものであって、精神的苦痛の面からみれば、注意力のすべてが職務の遂行にむけられなかったものと解されるから、職務専念義務に違反し、局地内の規律秩序を乱すものである。

解説

本判決は、Y公社が就業規則において定める政治活動の禁止規定の合理性を肯定したうえで、その規定の適用については限定的に解する判断をおこなっている。すなわち、就業規則上の禁止規定に形式的に違反する場合であっても、実質的に職場内での秩序風紀を乱すおそれがない「特別の事情」が認められる場合には、その規定に違反しないとする(判旨)。懲戒事由の該当性の判断においては、その規定の趣旨に照らして、合理的な限定解釈を行うことが必要ということである。

ただし、本件では、プレート着用行為は、秩序維持に反するもので、こうした「特別の事情」は認められないとし、懲戒処分は有効と判断された。(その後の判例では、ビラ配布のケースで、「特別の事情」を認めて、懲戒処分を無効としたものがある「明治乳業事件ー最3小判昭和58年11月1日)。判旨が秩序維持違反があるとした理由は、本件プレート着用行為が職務専念義務に違反しているという点にある(判旨

本判決の職務専念義務論は、「注意力のすべてをその職務遂行のために用い、職務にのみ従事しなければならない」というものであり、身体的活動の面だけでなく、精神的活動の面でも、注意力のすべてが職務の遂行に向けられていなければならない」というものであり、身体的活動の面でも注意力のすべてが職務の遂行にむけられていなければ、実害が発生していない場合であっても、」この義務に違反するとする。

このような厳格な職務専念義務論は、特にリボン闘争等の組合活動に対して適用され、その正当性を否定する判断をもたらした(→170大成観光事件)一方、職務専念義務は、労働契約上の誠実労働義務の1つであり、労務を誠実に遂行しているかどうかで判断すべきとする見解が有力であり、この見解によると、業務への支障が現実に発生していないかぎり、同義務違反は成立しないと解されることになる。

なお、本件ではビラ配布の許可制を定める就業規則に違反したことも問題となっているが、本判決は、前記の「特別の事情」論を採用した上で、本件ではビラ配布の態様には問題がなかったが、その目的や内容面で問題があったとして、結論として、就業規則違反であるとした。また、休憩時間自由利用の原則、(労基法34条3項)との関係では、休憩時間であっても施設管理権の合理的な行使には、服するとし、本件では、同原則違反がなかったとした(判旨外)

労基法34条3項(休憩)

34条 使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。

② 前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。

③ 使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。

26 懲戒事由(2)所持品検査拒否ー西日本鉄道事件

最2小判昭和43年8月2日(昭和42年(オ)740号)(民衆22巻8号1603頁)

事案の概要

電車運転手が脱靴命令に従わないことが、懲戒解雇事由に該当するか。

事実

Xは、陸上輸送を営むY会社の電車運転手である。Y会社は、乗務員による乗車賃の不正隠匿を摘発・防止する目的で、就業規則に「社員が業務の正常な秩序維持のためその所持品の検査を求められたときは、これを拒んではならない」との規定を設け、靴を含む所持品の検査を行ってきた。しかし、あるときの所持品検査において、Xは防止とポケット内の携帯品は、差し出したものの、靴は所持品ではないので、本人の承諾がなければ検査できないはずであると言って、脱靴検査に応じなかった。

そのため、Y会社は、Xの行為は、就業規則に定める「職務上の指示に不当に反抗し、・・・・職場の秩序を紊したときに」という懲戒事由に該当するとして、懲戒解雇とした。そこで、Xha,解雇の無効確認を求めて、訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を棄却した。そこで、Xは上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求棄却)

「思うに、使用者がその企業の従業員に対して、金品の不正隠匿の摘発・防止のために行う、いわゆる所持品検査は、被検査者の基本的人権に関する問題であって、その性質上つねに人権侵害のおそれを伴うものであるから、たとえ、それが企業の経営・維持にとって必要かつ効果的な措置であり、他のお同種の企業において多く行われるところであるとしても、また、それが労働基準法所定の手続を経て作成・変更された就業規則の条項に基づいて行われ、これについて従業員組合または、当該職場従業員の過半数の同意があるとしても、そのことの故をもって、当然に適法視されうるものではない。

解説

従業員の所持品の検査は、基本的人権を侵害したり、プライバシー権と抵触したりする可能性が高いので、その検査命令の有効性については、ある程度の厳格な判断が必要である。

本判判決でも、所持品検査は、企業の経営・維持にとって必要かつ効果的な措置であり、他の同種の企業において多く行われていて、それが就業規則の条項に基づいて行われ、労働組合や職場従業員の過半数の同意がある場合であっても、当然には適法とみることはできないとする。

本判決は、特に重要なのは、検査の方法とていどであるとし、それに関する有効要件として、

①検査を必要とする合理的な理由があること、

②一般的に妥当な方法と程度によること、

③制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるものであること、

をあげている。

問題は、その検査の方法ないしていどであって、所持品検査は、これを必要とする合理的な理由に基づいて、一般的に妥当な方法と程度で、しかも制度として、職場従業員に対して画一的に実施されるべきものでなければならない。そして、このようなものとしての所持品検査が、就業規則、その他、明治の根拠に基づいて行われるときは、他にそれに代わるべき措置をとりうる余地が絶無でないとしても、従業員は、個別的な場合にその方法や程度が妥当を欠く等、特段の事情がない限り、検査を受任する義務がある」。

そして、こうした検査が、就業規則その他の命じの根拠に基づいて行われたときには、原則として、労働者には検査を受任する義務があるとする。

本件では、これらの要件を満たしているとして、脱靴検査命令を拒否した労働者に対する懲戒解雇処分が有効と判断された。

その後の下級審でも、通信機類の製造販売の会社における所持品検査(靴の検査も含む)について、就業規則等の明文の根拠に基づいて、権限を与えられた守衛によって行われ、かつ、その実施にゆき企業の機密漏洩を未然に防止するとの具体的必要性があった場合において退門しようとする従業員に対し、画一的に実施され、これを行う根拠について守衛から一応の説明があり、その方法もことさら従業員に屈辱感を与えるものでない場合には、妥当な方法と程度で行われたものと認められ、検査を拒否した労働者に対する懲戒解雇は、有効と判断されている(帝国通信工業事件ー横浜地川崎支判昭和50年3月3日。所持品検査の目的や態様に問題があり、労働者の名誉を毀損したとして、使用者に慰謝料の支払いを命じた裁判例として、日立物流事件ー浦和地判平成3年11月22日)。

27 懲戒事由(3)私生活上の犯罪ー横浜ゴム事件

 最3小判昭和45年7月28日(昭和44年(オ)204号)(民衆24巻7号1220頁)

事案の概要

工員が酔って住居侵入をして罰金刑を受けたことが、懲戒解雇事由に該当するか。

事実

Xは、タイヤ製造会社Yの工場の作業員であった。Xは、昭和40年8月、飲酒した後、午後11時20分頃に、他人の居宅に侵入し、住居侵入罪により2500円の罰金刑を受けた。Y会社は、従業員賞罰規定の定める「不正不義の行為を犯した者」に該当するという理由で、Xを懲戒解雇した。Xは懲戒解雇の無効を主張し、雇用契約上の権利を有することの確認を求めて訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を認容した。そこで、Y会社は上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求認容)

Xの行為は、「恥ずべき性質の事柄であって、当時Y会社において企業運営の刷新を図るため、従業員に対し、職場諸規制の厳守、信賞必罰の趣旨を強調していた際であるにもかかわらず、かような犯行が行われ、Xの逮捕の事実が数日を出ないうちに噂となって広まったことをあわせて考えると、Y会社が、Xの責任を軽視することができないとして懲戒解雇の措置にでたことに、無理からぬ点がないわけではない。しかし、翻って、右賞罰規則の規定の趣旨とするところに照らして考えるに、問題となるXの右行為は、会社の組織・業務等に関係がのないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2500円の程度に止まったこと、Y会社におけるXの職務上の地位も蒸熱作業担当の工員ということで指導的なものでないことなど原判示の諸事情を勘案すれば、Xの右行為が、Y会社の体面を著しく汚したとまで評価するのは、当たらない」。

解説①

 労働者が私生活上の非行が原因で刑事罰を受けた場合、それが使用者の社会的評価に重大な悪影響を与えることは十分ありえるので、そのような行為が就業規則において懲戒事由として定められていることは少なくない。 もっとも、刑事罰に該当する行為にもさまざまなタイプのものがあり、別の判例が述べるように、具体的な懲戒事由該当性は、当該行為の性質、情状、会社の事業の種類・態様・規模・会社の経済界に占める地位、経営方針、その従業員の会社における地位、職種等を総合的に考慮して判断されることになる(日本鋼管事件ー最2小判昭和49年3月15日)。日本鋼管事件では、鉄鋼会社の工員数名が、在日米軍基地拡張反対集会に参加した際に、刑事特別法違反で逮捕されたためになされた懲戒解雇と諭旨解雇の有効性が問題となったが、いずれの解雇も無効と判断された。

本件でも、Xの行為は、会社の組織、業務等に関係のないいわば私生活の範囲内で行われたものであること、Xの受けた刑罰が罰金2500円の程度にとどまったこと、Y会社におけるXの職務上の地位が指導的なものではないことなどが考慮され、懲戒事由に該当しないと判断されている。

 他方、別の判断では、旧文部省などが共催する教育課程研究協議会の開催に対する反対闘争に従事する過程で、公務執行妨害罪で逮捕され懲役6か月、執行猶予2年の有罪判決が確定した国鉄職員に対して、国鉄が「著しく不都合な行為があったとき」という懲戒事由に該当するとして行った免職処分を、過去の処分歴も考慮にいれて有効と判断したものもある(国鉄中国支社事件ー最1小判昭和49年2月28日)。また、電車内で痴漢をして逮捕された電鉄会社の社員に対する懲戒解雇を、再犯であることなどを考慮して、有効と判断した裁判例もある(96小田急電鉄(退職金請求)事件。ただし、退職金は3割の支給を認めている

解説②

 本件のような場合とは異なり、職務に関連する犯罪を犯した者に対しては、一般的には重い懲戒処分はさけられないであろう。業務上横領や背任罪等がその典型である。また、自動車の運転を職務内容とする労働者(タクシーやバスの運転手等)が、飲酒運転等により刑罰を受けたときには、懲戒解雇等の重い処分も認められるであろう。非番のときの酒気帯び運転で罰金刑(5万円)を受けたタクシー運転手に対する懲戒解雇が無効と判断された例もある(相互タクシー事件ー最1小判昭和61年9月11日)が、今日では、飲酒運転に対する社会的批判が高まっており、刑罰の厳罰化が進むなかで、同じような判断が維持されるかは疑問である(ヤマト運輸事件ー東京地判平成19年8月27日は、貨物自動車運送事業者の所属ドライバーの業務終了後の酒気帯び運転に対する懲戒解雇はやむをえないとしつつ、退職金の一部の請求は認めている)、なお、犯罪でない非行については、企業秩序を乱して懲戒事由に該当するかどうかの判断は厳格になされることになろう(たとえば、社内不倫を理由とする解雇を無効とした裁判例として、繁機工設備事件ー旭川地判平成元年12月27日)。

28 懲戒事由(4)経歴詐称ー炭研精工事件

東京高判平成3年2月20日(平成2年(ネ)897号)

事案の概要

高卒以下を募集していた行員の仕事に、大学中退の労働者が、最終学歴を低く偽って応募したことが、懲戒解雇事由に該当するか。

事実

Xは、Y会社が公共職業安定所を通して行っていたプレス工業の募集(中卒者、高卒者を対象)に応募し、その際に、履歴書に最終学歴を高卒と記載していた。ところが、実際には、Xは私立大学に入学しており、その後、除籍中退となっているので、最終学歴は大学中退であった。また、Xは当時、成田空港反対闘争に参加したときの公務執行妨害罪等について公判が継続しており、保釈中であったにもかかわらず(後に執行猶予付き有罪が確定)、「賞罰なし」と記載し、面接においても、賞罰はないと答えていた。さらに、その後、Xは軽犯罪法違反や公務執行妨害罪で逮捕され、欠勤していた。

Y会社は、経歴詐称や無断欠勤等が就業規則上の懲戒解雇事由に該当するとしてXを懲戒解雇した。Xは、懲戒解雇の無効確認を求めて訴えを提起した。1審は、Xが最終学歴をと賞罰について秘匿したについては、懲戒解雇事由に該当するとして、懲戒解雇を有効と判断した。そこで、Xは控訴した。なお、本判決に対して、Xは上告しているが、最高裁は、本判決の判断は正当として、これを棄却している(最1小判平成3年9月19日)。

判旨 控訴棄却(懲戒解雇は有効)

 「雇用関係は、労働力の給付を中核としながらも、労働者と使用者との相互の信頼関係に基礎を置く継続的な契約関係であるということができから、使用者が、雇用契約の締結に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、その企業あるいは職場への適用性、貢献意欲、企業の信用の保持 企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的な範囲内で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」。

最終額益は、「単にXの労働力評価に関わるだけでなく、Y会社の企業秩序の維持にも関益する事項でありることからは明らかであるから、Xは、これについて真実を申告すべき義務をゆうしていたということができる」。

 他方、「履歴書の賞罰欄にいわゆる罰とは、一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべきであり、公判継続中の事件についてはいまだ判決が言い渡されていないことは明らかであるから、XがY会社の採用面接に際し、賞罰がないと答えたことは事実に反するものではなく、Xが、採用面接にあたり、公判継続の事実について具体的に質問を受けたこともないのであるから、Xが自ら高判継続の事実について積極的に申告する義務があったということも相当とはいえない」。

解説

 本判決は、使用者は、企業秩序の維持に関係する事項について、必要かつ合理的な範囲で労働者に告知を求めることを認め、労働者は、それに対して真実告知義務を負うとしている(判旨)。そして、最終学歴は、企業秩序の維持に関する事項であることはあきらかであるとし(判旨)、それについての詐称は懲戒解雇事由に該当すると判断している。本判決は、本件が、最終学歴を高く詐称するのではなく、低く詐称する逆詐称のケースであることは特に考慮に入れていない。学歴詐称は逆詐称であっても、企業秩序に影響するという考え方を示したのものといえる。

 こうした判断に対しては、逆詐称の場合において、本当に企業秩序を侵害するといえるのか疑問であるなどを理由とした批判もある。また、すでに相当期間、勤務を行ってきており、それによって何も問題が生じていないにもかかわらず、採用時の詐称だけを理由に懲戒解雇することの妥当性にも疑問がありうる。(その場合でも、錯誤[民法95条]ないし詐欺[同96条]を理由とする労働契約の無効ないし取消しや普通解雇はありうるとする見解が多数である)。

 最終学歴以外の経歴については、たとえば職歴、年齢、犯罪歴について、その詐称が問題となりうるが、いずれも企業秩序に影響するような重要な経歴の詐称といえる場合にかぎって、懲戒処分の対象とできると解すべきであろう(年齢詐称については、24山口観光事件、犯罪歴の詐称については、メッセ事件ー東京地判平成22年11月10日等)。なお、本判決は、賞罰歴については、それは確定した有罪判決を指すのであり、起訴されて公判継続中にあるという事実は、含まれていないとしている。また、公判継続の事実について、質問もないのに、積極的に申告する義務もないとしている(判旨)。

民法95条(錯誤)

95条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。

民法96条(詐欺又は強迫)

96条 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。

2 相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその事実を知っていたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。

3 前二項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意の第三者に対抗することができない。

29 懲戒事由(5)調査協力義務違反ー富士重工事件

3小判昭和52年12月13日(昭和49年(オ)687号)(民集31巻7号1037頁)

事案の概要

同僚従業員の就業規則違反行為についての調査に協力しないことが、懲戒事由に該当するか。

事実

 Y会社は、その従業員AとBが、就業時間中に上司に無断で職場を離脱し、就業中の他の従業員に対し、原水爆禁止の署名を集めたり、原水爆禁止の資金調達のために販売するハンカチの作成を依頼したり、あるいはこれを販売したりするなど就業規則に違反する行為をしていたとするして、その事実関係の調査に乗り出し、関係の従業員からの事情聴取を進めた結果、AがXに対してもハンカチの作成を依頼していたことなどが明らかになった。そこで、Y社としては、D人事課長らが、主としてAの就業規則違反の事実関係を明確に把握することを目的として、Xに対して事情聴取を行った。その事情聴取において、Xは、ハンカチの作成の有無や作成依頼者の氏名等について尋ねられたが、反問したり、返答を拒否するなどの態度をとった。そこで、Y会社は、Xが調査に協力しなかったことは、就業規則17条(「従業員は上長の指示に従い、上長の人格を尊重して互に協力して職場の秩序を守り、明朗な職場を維持して作業能率の向上に努めなければならない」)等の規定に違反していることを理由に、Xを懲戒譴責処分に付した。Xは処分は無効であるとして、譴責処分の付着しない労働契約上の権利を有することの確認を求めて訴えを提起した。1審は請求を認容したが、原審はXの請求を棄却した。そこで、Xは上告した。

判旨 原判決破棄、自判(Xの請求容)。

 「企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠であり、企業は、この企業秩序を維持確保するため、これに必要な諸事項を規則をもって一般的に定め、あるいは具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は、違反者に対し、制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができることは、当然のことといわなければならない。

 「しかしながら、企業が企業秩序違反事件について、調査をすることができるということから、直ちに、労働者が、これに対応して、いつ、いかなる場合にも、当然に、企業の行う調査に協力すべき義務を負っているものと解することはできない。けだし、労働者は、労働契約を締結して企業に雇用されることによって、企業に対し、労務提供義務を負うとともに、これに付随して、企業秩序順守義務その他の義務を負うが、企業の一般的な支配に服するものということはできないからである。

 以上の観点に立って考えれば、当該労働者が他の労働者に対しる指導、監督ないし企業秩序の維持などを職責とするものであって、調査に協力することが職責の内容となっている場合には、調査に協力することは、労働契約上の基本的義務である労務提供義務の履行そのものであるから、調査に協力すべき義務を負うものといわなければならないが、それ以外の場合には、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、この調査に協力することが労務提供義務を履行する上で、必要かつ合理的であると認められない限り、調査協力義務を負うことはないものと解するのが相当である。

解説

 判例上、使用者には企業秩序定立権があり、労働者には企業秩序順守義務があるとされている(22関西電力事件が、本判決の判旨は、企業秩序定立権の内容に、懲戒処分をするための事実関係の調査をする権限も含まれているとしている。ただし、この権限は無制約のものではなく(判旨)、具体的には、調査に協力することがその職務の内容となっている場合には、調査に協力する義務を負うが、それ以外の従業員については、調査対象である違法行為の性質、内容、当該従業員の違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等を総合的に判断して、調査に協力することが労務提供義務を履行するうえで必要かつ合理的であると認められる場合にしか調査協力義務を負わないとしている(判旨)。そして、本件では、結論として、Xらは調査協力義務を負わないと判断された。

その後の判例では、企業秘密の漏洩について、その関係者と疑われた従業員から事情聴取が行われた事案で、その必要性、合理性が肯定されている(東京電力事件ー最2小判昭和63年2月5日。従業員からの慰謝料請求を棄却)。

30 懲戒事由(6)無許可兼業ー小川建設事件

東京地決昭和57年11月19日(昭和57年(ヨ)2267号)

事案の概要

無許可兼業を理由とする解雇は有効か。

事実

 建設業を営むY会社の従業員Xha,午前8時45分から午後5時15分まで、A営業者で勤務していたが、ある時期、午後6時から午前0時まで、キャバレーで会計係などの仕事をしていた。このことを知ったY会社は、Xの行為は、無許可兼業を懲戒事由として定める就業規則31条4項に該当するとし、本来は懲戒解雇にすべきところ普通解雇にとどめるとして普通解雇した。Xはこの解雇が無効であるとして、労働契約上の地位保全、および賃金の仮払いを求めて、仮処分を申したてた。

決定要旨 申請却下。

 「労働者は労働契約を通して1日のうち一定の限られた時間のみ、労務に服するのを原則とし、就業時間外は、本来、労働者の自由であることからして、就業規則で兼業を全面的に禁止することは、特別の場合を除き、合理性を欠く。

「しかしながら、労働者がその自由なる時間を精神的に肉体的疲労回復のため適度な休養に用いることは次の労働日における誠実な労務提供のための基礎的条件をなすものであるから、使用者としての労働者の自由な時間の利用について関心を持たざるをえず、また、兼業の内容によっては企業の経営体秩序を害し、または、企業の対外的信用、対面が傷付けられる場合もありうるので、従業員の兼業の許否について、労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮した上での会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは不当とはいいがたい」。

「Xの兼業の職務内容は、Y会社の就業時間とは重複してはいないものの、軽労働とはいえ、毎日の勤務時間は、6時間に亘り、かつ深夜に及ぶものであって、単なる余暇利用のアルバイトの域を超えるものであり、したがって当該兼業がY会社への労務の誠実な提供を何らかの支障をきたす蓋然性が高いものとみるのが社会一般の、通念であり、事前にY会社への申告があった場合には、当然にY会社の承諾が得られるとは限らないものであったことからして、本件Xの無断二重就職行為は、不問に付してしかるべきでものとは認められない。

解説

 兼業(副業)は、就業時間外における活動であり、これは本来は労働者の自由にゆだねられている(決定要旨を参照)。しかし、就業時間外の活動であっても、それが翌日の誠実な労務提供に影響する可能性があるので、使用者が労働者の自由時間の利用方法に関心をもつことがみとめられなければならない。また、、兼業の内容によっては、使用者の企業秩序を侵害したり、使用者の対外的信用や対面を低下させる危険性があるので、このような観点から兼業を許可制にすると就業規則に定めることは不当といえない(決定要旨

 本件では、軽労働とはいえ、深夜に及ぶ長時間の兼業をしており、Xの誠実な労務提供に何らかの支障をきたす蓋然性が高いとして、解雇は有効と判断された(決定要旨)。本決定は、本件では、「単なる余暇利用のアルバイトの域を超える」ということにも言及しているが、逆に言うと、「単なる余暇利用のアルバイト」であれば、許可が必要な兼業には含まれないと解す余地もあることになる。

このほか、不正競業の防止や企業秘密の保持のために(競業避止義務や秘密保持義務の確保するために)、同業他社での兼業について懲戒解雇を有効とした裁判例として、東京メディカルサービス事件ー東京地判平成3年4月8日)。

 兼業規制違反があっても、就業規則で禁止されている兼業に該当しないとされたり、業務の具体的な支障がないなど企業秩序侵害が認められないとされたりした場合には、懲戒事由該当性は否定されることになる(平仙レース事件ー浦和地判昭和40年12月16日、十和田運輸事件ー東京地判平成13年6月5日等)。

 なお、労働者からの兼業許可申請に対して、不合理な兼業不許可を繰り返したとして、使用者に精神的苦痛の賠償責任を認めた裁判例もある(マンナ運輸事件ー京都地判平成24年7月13日)。

 今日、長期雇用慣行が崩れつつあり、将来の転職を念頭に置いたキャリア計画が求められるなか、労働者の職業選択の自由(憲法22条1項、職安法2条)という観点からも、兼業規制の妥当性を検討することが必要となっている。

憲法22条1項 居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由

22条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

② 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。

職安法2条 (職業選択の自由)

2条 何人も、公共の福祉に反しない限り、職業を自由に選択することができる。

31 懲戒事由(7)内部告発ー大阪いずみ市市民生活協同組合事件

大阪地堺支判平成15年6月1日(平成12年(ワ)377号)

事案の概要

生協の不祥事を内部告発したことを理由とする懲戒解雇は有効か。

事実

Aは生活協同組合であり、X1はその役員室室長、X2は総務部次長、X3は共同購入運営部次長であった。Xらは、A生協の総代会の直前、A生協の副理事長であるY1が生協を私物化し公私混同しているなどの内容の文書を総代の大部分(約530名)およびA生協関係者に匿名で送付した。また、Xらは、Y1を業務上横領罪で刑事告発した。常務理事Y2らは、Xらに対して、出勤停止と自宅待機を命じ、その後、X1とX2を懲戒解雇した。また、X3には、共同購入運営部の任を解き、人事部付を命じた。

Xらは、懲戒解雇されたり、不当に長期間自宅待機とされたりするなどの行為により、名誉を侵害されて精神的損害を被ったとして、Y1とY2に対して不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。

判旨 一部容認(懲戒解雇は懲戒権の濫用で無効)

 「いわゆる内部告発においては、これが虚偽事実により占められているなど、その内容が不当である場合には、内部告発の対象となった組織体系の名誉、信用等に大きな打撃を与える危険性がある一方、これが真実を含む場合には、そうした組織退等の名誉、信用等に大きな打撃を与える危険性がある一方、これが真実を含む場合には、そうした組織体等の運営方法等の改善の契機ともなりうるものであること、内部告発を行う者の人格権ないしは、人格的利益や表現の自由等との調整の必要も存することなどからすれば、内部告発の内容の根幹的部分が真実ないし内部告発において真実と信じるについて相当な理由があるか、内部告発の目的が公益性を有するか、内部告発の内容自体の当該組織体等にとっての重要性、内部告発の手段・方法の相当性等を総合的に考慮して、当該内部告発が正当と認められた場合には、当該組織体等としては、内部告発者に対し、当該内部告発により、仮に名誉、信用等を毀損されたとしても、これを理由として懲戒解雇をすることは許されないものと解するのが相当である」。

「本件内部告発の内容は、・・・・公共性の高いA生協内部における事実上の上位2人の責任者かつ実力者における不正を明らかにするものであり、A生協にとって重要なものであることは論をまたないこと、本件内部告発の内容の根幹的部分は、真実ないしは少なくともXらにおいて真実と信じるにつき相当な理由があるというべきであること、本件内部告発の目的はたかい公益目的に出たものであること、本件内部告発の方法も正当であり、内容は、全体として、不相当とは言えないこと、手段においては、相当性を欠く点がある・・・・ものの、全体として、それ程著しいものではないこと、現実に本件内部告発以後、A生協において、告発内容に関連する事項等について一定程度の改善がなされており、A生協にとっても極めて有益なものであったと解されることなどを総合的に考慮すると、本件内部告発は、正当なものであったと認めるべきである」。

解説

 内部告発をした労働者に対しては、秘密保持義務違反や使用者の名誉や信用を毀損したことなどを理由として懲戒解雇や普通解雇がなされれることが多いが、今日では、公益通報者保護法に基づき、同法の要件に合致する公益情報(内部告発)をした労働者は。使用者からの解雇や不利益取扱いから保護されることになる(3条~5条)ただし、同法の定める保護要件はかなり厳格であり、同法の適用が認められる範囲は、必ずしも広くない。同法の適用を受けない場合であっても、一般の権利濫用法理(労契法15条および16条)の適用を受けて保護される可能性はある。

本判決は、内部告発が正当化とされるための判断要素として、

①内容の根幹的部分について真実であるか真実と信じるにつき相当な理由があること、

②目的の公益性、

③内容の当該組織体にとっての重要性、

④手段・方法の相当性、

をあげる(判旨)。正当な内部告発をした労働者に対する懲戒解雇は無効と判断されることになる(労契法15条。なお、本件と同様、損害賠償責任を認めた裁判例として、トナミ運輸事件ー富山地判平成17年2月23日がある。また、報復的配転を無効とした裁判例として、オリンパス事件ー東京高判平成23年8月31日)。本件では、XらはA生協の資料を、他の職員の私物から無断で持ち出しており、告発の手段・相当性に疑問もありうるところであったが、本判決は、内部告発においても討ち入られて一手段が不相当であっても、それにより直ちに内部告発全体が不相当となると解すべきではなく、内部告発の目的、内容、手段を総合的に判断して正当性の判断をすべきとしている。裁判例の中には、不正融資疑惑の解明のために、金融機関の信用情報という秘密情報にアクセスして、その資料を外部の者に漏洩したという事件において、不正をただすという目的の場合には、手段の違法性は大きく減殺されると述べたものもある(宮崎信用金庫事件福岡高宮崎支判平成14年7月2日)。

公益通報者保護法3条~5条

(解雇の無効)

3条 公益通報者が次の各号に掲げる場合においてそれぞれ当該各号に定める公益通報をしたことを理由として前条第一項第一号に掲げる事業者が行った解雇は、無効とする。

一 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する場合 当該労務提供先等に対する公益通報

二 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由がある場合 当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関に対する公益通報

三 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合 その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報

イ 前二号に定める公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合

ロ 第一号に定める公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合

ハ 労務提供先から前二号に定める公益通報をしないことを正当な理由がなくて要求された場合

ニ 書面(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録を含む。第九条において同じ。)により第一号に定める公益通報をした日から二十日を経過しても、当該通報対象事実について、当該労務提供先等から調査を行う旨の通知がない場合又は当該労務提供先等が正当な理由がなくて調査を行わない場合

ホ 個人の生命又は身体に危害が発生し、又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合

(労働者派遣契約の解除の無効)

4条 第二条第一項第二号に掲げる事業者の指揮命令の下に労働する派遣労働者である公益通報者が前条各号に定める公益通報をしたことを理由として同項第二号に掲げる事業者が行った労働者派遣契約(労働者派遣法第二十六条第一項に規定する労働者派遣契約をいう。)の解除は、無効とする。 

(不利益取扱いの禁止)

5条 第三条に規定するもののほか、第二条第一項第一号に掲げる事業者は、その使用し、又は使用していた公益通報者が第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、降格、減給その他不利益な取扱いをしてはならない。

2 前条に規定するもののほか、第二条第一項第二号に掲げる事業者は、その指揮命令の下に労働する派遣労働者である公益通報者が第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、当該公益通報者に係る労働者派遣をする事業者に派遣労働者の交代を求めることその他不利益な取扱いをしてはならない。

労契法15条(懲戒)

15条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労契法16条(解雇)

16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

32 懲戒事由(8)長期間の無断欠勤ー日本ヒューレット・パッカード事件

最2小判平成24年4月17日(平成23年(受)903号)

事案の概要

精神的な不調により、長期間無断欠勤した労働者に対する諭旨解雇は有効か

事実

Xは、電子計算機の製造等を業とするY会社のシステムエンジニアリングである。Xは、あるトラブルをきっかけに、加害者集団により、日常生活を子細に監視され、職場の同僚らを通じて、嫌がらせを受けているとの認識をもつようになり、それにより自らの業務に支障が生じ、自己に関数情報が外部に漏えいされる危険もあると考え、Y会社に調査を依頼した(なお、Xが主張している被害事実は、Xの被害妄想など何らかの精神的な不調によるもので、実際には事実として存在していないと認定されている)。

しかし、Xは、Y会社から納得できる結果を得ることができず、またY会社に休職を認めるよう求めたものの認められず、逆に出勤を促すなどされたことから、自分自身が上記の被害に関する問題が解決されたと判断できない限り、出勤しない旨をY会社に伝え、その後、有給休暇を取得した。Y会社は、Xの有給休暇の終了時に、Xに対して、Xに主張するような被害事実の存在は認められなかったという調査結果を伝え、翌日以降はの出勤を促したが、Xはこれを拒絶し、その後約40日間、欠勤を続けた。

Y会社は、Xのこの欠勤について、就業規則に規定する「正当な理由なしに無断欠勤引き続き14日以上に及ぶとき」という懲戒処分事由に基づき、Xを諭旨退職とすることを通知し、Xが退職届の提出に応じないかったため、解雇として扱った。

Xは、Y会社による懲戒処分の効力を争って、訴えを提起した。1審はXの欠勤は就業規則で定める無断欠勤に該当し懲戒事由にあたるし、また懲戒処分の内容は、Xの欠勤が、職場放棄ともいうべき悪質なものであり、職場秩序を著しく乱したものであることが明らかであるとして、Xの請求を棄却した。しかし、原審は、Xの欠勤は正当な理由びない無断欠勤には該当しないので、懲戒事由該当性のないと判断し、Xの請求を棄却した。

判旨 上告棄却(Xの請求認容)

「精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り、引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者であるY会社としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するとおりである以上、精神科医におる健康診断を実施するなどした上で、その診断結果に応じて、必要な場合は、治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採ることなく、Xの出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でなされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的に不調を抱える労働者に対する使用者の対応とはいい難い。

そうすると、以上のような事情の下においては、Xの上記欠勤は、就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず、上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしされた本件処分は、就業規則所定の懲戒事由を欠き、無効であるというべきである」。

解説

 本判決は、労働者の精神的な不調による長期間の無断欠勤を、就業規則所定の懲戒事由である正当の理由のない無断欠勤に該当しないを判断した。本件では、Xが精神疾患に罹患していることを確認できる診断書は提出されたいないが、そのような疑いがあれば健康診断を実施し、その結果に応じて休職などを検討すべきであり、そうした対応をとらずに諭旨退職の懲戒処分をすることは、適切な対応ではないとされている。理論的には、懲戒事由該当性を認めたうえで、諭旨退職処分は相当でないから無効であるあ(労契法15条)という処理の仕方も考えられるが、本判決は、懲戒事由にそもそも該当しないとの判断をした。

そのため、本件で仮に譴責処分のような軽い懲戒処分がなされていたとしても、その処分は無効となっていたことになる。精神疾患が疑われる労働者の欠勤は、企業秩序を乱す行為とみてはならず、健康配慮を尽くすべき(労契法5条も参考)ということであろう。

 なお、通常の長期にわたる無断欠勤は、懲戒解雇事由となりえる(日経ピーピー事件ー東京地判平成14年4月22日。遅刻や欠勤が著しく多い場所も同様である(東京プレス工業事件ー横浜地判昭和57年2月25日)。

労契法15条(懲戒)

15条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

労契法5条 (労働者の安全への配慮)

5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

33 懲戒事由(9)セクシャル・ハラスメントー海遊館事件

最1小判平成27年2月26日(平成26年(受)1310号)

事案の概要

上司による部下の派遣労働者に対するセクハラ発言を理由とした出勤停止処分が有効とされた例

事実

 X1はY会社の営業部サービスチームのマネージャーの職位にあり、X2は同社の営業部課長代理の職位にあった。Aは営業部サービスチームの事務室内で勤務している女性従業員であり、B会社からの派遣労働者であった。AはB会社の退職を決めたあと、退職前にY会社の営業部の副部長に対し、Xらにより、度重なる性的な発言を受けていたこと(たとえば、Aが一人で勤務している際、同人に対し、複数回、自らの不貞相手の話などの性的な話をしたこと)の相談をした。

 Y会社は、事実調査をしたうえで、X1X2に対して、Xらの行為が、Y会社が全従業員に配布していたセクハラ禁止文書の定める禁止行為に該当し、就業規則上の「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」という懲戒事由に該当するとして、X1には30日間の出勤停止、X2に対しては10日間の出勤停止の懲戒処分をし、さらに、懲戒処分があった場合には降格されるとする就業規則の規定を根拠として、Xらを降格し、その賃金を減額した。

Xらは、懲戒処分の無効確認、降格前の地位の確認、未払賃金の支払いなどを求めて訴えを提起した。1審は、Xらの請求を棄却したので、Xらは控訴した。原審は、Xらの行為は懲戒事由にがいとうするものの、出勤停止処分は酷にすぎ、権利濫用であるとし、降格も無効とした。

判旨 原判決破棄、自判(Xらの控訴を棄却し、1審判決を支持)。

 「同一部署内において勤務していた従業員Aらに対し、Xらが職場において1年余にわたり繰り返した・・・・発言等の内容は、いずれも女性従業員に対して強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感を等を与えるもので、職場における女性従業員に対する言動として極めて不適切なものであって、その執務環境を著しく害するものであって、その執務環境を著しく害するものであったというべきであり、当該従業員らの就業意欲の低下や能力発揮の阻害を招来するものといえる」。

 職場におけるセクハラ防止を重要課題と位置付けていたY会社の管理職であるにもかかわらず、職場内において1年余りにわたり多数回のセクハラ行為等を繰り返したことは、その職責や立場に照らしても著しく不適切なものであり、さらにAが、Xらのこのような本件行為が一因となって、退職を余儀なくされているなど、管理職であるXらが反復継続的に行った極めて不適切なセクハラ行為等がY会社の企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過しがたいものというべきである。

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし、会社に対する被害の申告を差し控えたり、ちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられること」や各行為の内容等に照らせば、Aの態度から許されていると誤信していたとしても、そのことをもってXらに有利にしんしゃくすることは相当でない。

解説

 本件は、セクハラ(セクシャル・ハラスメント)発言をした管理職に対する出勤停止の懲戒処分およびそれにともなう降格(非懲戒処分)の有効性が争われ、いずれも肯定された事件である。

 職場でのセクハラについては、男女雇用機会均等法11条1項により、事業主に対して、雇用管理上必要な措置を講じることが義務づけられており、また、同条2項に基づき策定された「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置につての指針」(平成18年10月11日厚生労働省告示615号)には、「就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書における職場におけるセクシャル・ハラスメントに関する規定等に基づき、行為者に対して必要な懲戒その他の措置を講じること」があげられている。本件でのY会社のXらに対する措置は、この指針に即したものであろう。

もっとも、セクハラは、被害者の主観的な受け止め方だけでなく、客観的な行為の評価も必要である。とくに発言型のセクハラの場合は、発言内容だけではなく、その発言がなされた状況や相手との関係性なども考慮に入れる必要があろう。

 本件では、Xらは、Aが目立った反発をしていなかったことから、自分たちの行為が許容されているものと誤信していたと主張し、原審はこの事情も考慮して懲戒処分などを無効にと判断していた。しかし、本判決は、この点は、Xらに有利には斟酌できないとし(判旨)、むしろXらの行為は、Aらの人格的利益を侵害する態様であるだけでなく(判旨)、企業秩序や職場規律に大きな影響を及ぼしていた(判旨)と判断した。

男女雇用機会均等法11条1項

 (職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)

11条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。

3 第四条第四項及び第五項の規定は、指針の策定及び変更について準用する。この場合において、同条第四項中「聴くほか、都道府県知事の意見を求める」とあるのは、「聴く」と読み替えるものとする。

男女雇用機会均等法11条2項

(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)

11条の2  事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第六十五条第一項 の規定による休業を請求し、又は同項 若しくは同条第二項 の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。

2 厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。

3 第四条第四項及び第五項の規定は、指針の策定及び変更について準用する。この場合において、同条第四項中「聴くほか、都道府県知事の意見を求める」とあるのは、「聴く」と読み替えるものとする。

34 転勤命令の有効性(1)ー東亜ペイント事件

最2小判昭和61年7月14日(昭和59年(オ)1318号)

事案の概要

転勤命令は、どのような場合に有効となるか。

事実

Xは、塗料および化粧品の製造、販売を行う会社の従業員であり、入社当時から営業を担当していた。Y会社では、広島営業所に主任ポストに空きが生じたため、その後任として、当時神戸営業所で主任待遇として勤務していたXに転勤を内示がした。しかし、Xは、家庭の事情から転居をともなう転勤には応じられないと答えたため、Y会社は、名古屋営業所の主任を広島営業所の後任に充て、Xに名古屋営業所に転勤するよう説得した。Xはこれにも応じなかったが、Y会社は同意を得ないまま名古屋営業所への転勤を発令し、Xはそれに従わなかったために懲戒解雇された。

Xの家では、保育所の保母として働いている妻(28歳)と2歳の子、さらに71歳のXの母がいて、この4人が堺市内にあるXの母親名義の家に住んでいた。Xの母は健康で自活できる状況であったが、生まれてから大阪を離れたことがなかった。

Xは、本件転勤命令は無効であり、懲戒解雇も無効であるとして、労働契約上の地位確認等を求めて訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を認容した。そこでY会社は上告した。判旨 原判決破棄。差戻し。

 Y会社の労働協約および就業規則には、業務上の都合により、従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に、Y社では、従業員、特に営業担当者の転勤は頻繁に行われていること、大卒資格の営業担当者として入社したXとの間には、特に勤務地を限定する合意がないことから、Y会社はXの同意なしに勤務地を決定する権限をゆうするものというべきである。

「転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は、無制約に行使することができるのではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は濫用となるものではない。」

「業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認めれれる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

解説

 配転には、勤務場所の変更(転勤)と職務内容の変更とがある(両者が同時に行われることもある)。本件で問題となったのは、前者の転勤である。

 転勤命令の根拠については、学説上、議論があるが、判旨は¥が、労働協約や就業規則上の転勤条項があることに言及したうえで、Y会社において、全国に営業所があり、営業所間の転勤が頻繁に行われていること、Xが大卒資格の営業担当者として入社していたこと、勤務地を限定する合意がなかったことから、Y会社に転勤命令権が認められるとしている(現在では、就業規則および労働協約の転勤規定の効力により、「労契法7条、労組法16条」、転勤命令権を根拠づける立場が有力である)。

 なお、勤務地を限定する合意があれば、それだけで、転勤命令は否定されることになる(就業規則の転勤規定との関係では、労契法7条ただし書きが根拠となるる。労働協約との関係では、有利原則の問題となる)。勤務地の限定は黙示定なものでよいが、正社員で入社している場合には、明示の合意がなければ勤務地の限定は認められにくいであろう。(最近では、明示的に勤務地を限定した正社員コースを設ける会社が増えている。)

 転勤命令を発する根拠が認められる場合でも、個々の事情によっては、命令権の行使が権利濫用として無効と判断されることもある(労契法3条5項)。この点、判旨は、転勤命令が権利濫用の具体例となる場合の具体例として、

①業務以上の必要性が存しない場合、

②不当な動機・目的がある場合、

③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある場合、

をあげている。

①の「業務上の必要性」については、判旨がのべているように、高度の必要背は求めてられておらず、通常のローテーション人事であれば肯定されるであろう。

②の不当な動機・目的とは、反労働組合的な目的、報復的な目的、退職を強要する目的などの場合がこれにあたる(親和産業事件ー大阪高判平成25年4月25日「退職勧奨拒否に対する報復的配転を無効」等)。

③の「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益がある場合」については、裁判所はこれをなかなか認めない傾向にある→35ケンウッド事件。同事件でも否定した)。

労契法3条5項 (労働契約の原則)

3条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

労契法7条

7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労組法16条 (基準の効力)

16条 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となつた部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定がない部分についても、同様とする。

35 転勤命令の有効性(2)ーケンウッド事件

最3小判平成12年1月28日(平成8年(オ)128号)

事案の概要

共稼ぎで育児を分担している夫婦の妻に対する、育児に支障をきたすような転勤は、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」となるか。

事実

 Xは、音響機器等を製造販売をする目的とするY会社に雇用され、東京都目黒区青葉台の企画室で庶務の仕事をしていた。」Y会社は、八王子事業所において、生産の需要見通しが大幅に増加して人員を補充する必要が生じたため、即戦力となる製造現場経験者であり、かつ、目視の検査業務を行うことから40歳未満の者という人選基準を設けたところ、その基準に合致するのはXだけであった。そこで、Y会社は、Xに異動命令を出した。

 Xは、本件異動命令の発令時、東京都品川区旗の台で夫と3歳の長男とともに生活していた。従来の青葉台の勤務場所までの通勤時間は約50分であり、港区の会社に勤務する夫の通勤時間は約40分であった。X夫妻は、分担して長男の保育園への送迎を行ってきたが、Xが八王子事業所に勤務することになると、通勤時間は、約1時間45分となり、長男の保育園への送迎に支障が生じることになる。

Y会社は、Xが本件異動命令に従わなかったため、まず、1か月の停職とし、停職期間満了後も欠勤を続けたので、Xを懲戒解雇した。Xは本件異動命令は権利濫用であり、懲戒解雇は無効であると主張して、労務契約上の権利を有する地位の確認の確認等を求めて訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を認めなかったので、Xは上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求棄却)

 Y会社の就業規則には、「業務上必要があるとき従業員に異動を命ずる。なお、異動には転勤を伴う場合がある」との規定があり、Y会社は現に従業員の異動を行っている。また、XとY会社との間には就労場所を限定する旨の合意がなされたとは認められない。

それゆえ、Y会社は、個別的同意なしに対し、東京都内での異動である八王子事業所への転勤を命じて労務の提供を求める権限を有する。

 転勤命令は、業務上の必要が存しない場所または、業務上の必要性が存する場合であっても不当な動機・目的をもってされたものであるときもしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でないかぎりは、権利の濫用になるものではないというべきである。

 本件では、Y会社の八王子事業所においては、退職予定の従業員の補充を早急に行う必要があり、所定の人選基準を設けて、これに基づきXを選定して異動命令が出されたというのであるから、本件異動命令には、業務上の必要性があり、これが不当な動機・目的をもってされたものとはいえない。

 また、本件異動命令によりXが負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。

解説

 転勤命令権が権利の濫用となるかどうかの判断枠組みは、判旨で示されているものであり、これは、先例を踏襲したものである(→34東亜ペイント事件)。本件で特に問題となっているのは、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」が生じているかどうかである。

 これまでの裁判例では、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を認めたものはほとんどないが、家族に病人がいて労働者がその看護をしなければならないような場合には、例外的に認められやすかった(たとえば、日本電気事件ー東京地判昭和43年8月31日、ネスレ日本事件ー大阪高判平成18年4月14日)。

 本件では、共働き家庭で、夫と3歳の子の保育園への送迎を分担していたXに対して異動命令が出された事案で、この異動により通勤時間が約50分から約1時間45分に延びるものであったが、本判決は、労働者の負う不利益は必ずしも小さくないと認めたものの、「通常甘受すべき程度を著しく超える」とまではいえないと判断した(判旨)。

今日では、育児介護休業法26条(平成13年改正)において、就業場所の変更を伴う異動については、育児や介護の状況に配慮しなければならないという規定が設けられており、これは転勤命令の権利濫用性の判断に影響を及ぼすものと考えられている(たとえば、明治図書出版事件ー東京地判平成14年12月27日、NTT東日本事件ー札幌高判平成21年3月26日)。

 さらに、労契法3条3項で、「仕事と生活の調和」(ワーク・ライフ・バランス)への配慮を定める規定も設けられていることから、今後は、労働者の生活上の利害を侵害するような転勤命令の権利濫用について、使用者に厳しい判断がなされていく可能性がある(なお、夫婦がともに従業員である会社において夫に対してのみ発せられた転勤命令について、妻が辞めないかぎり単身赴任となるものであるが、労働者の不利益に対して、相当な配慮がなされていることなどを考慮して、有効と判断した判例として、帝国臓器製薬事件ー最2小判平成11年9月17日)。

育児介護休業法26条

(労働者の配置に関する配慮)

26条 事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。

労契法3条3項

(労働契約の原則)

3条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

36 職種変更命令の有効性ー日産自動車事件

最1小判平成元年12月7日(昭和63年(オ)513号)

事案の概要

長期にわたって機械工として働いてきた工員を、別の職種に変更する命令は有効か。

事実

Xら7名は、自動車会社であるY会社において、短い者でも十数年間、長い間は二十数年間、A工場をほぼ継続して機械工として就労してきた。Y会社は、世界の自動車業界の趨勢に対応して、自動車の生産体制を変更することにした。それにともないXらのいたA工場で生産することになった新型車のプレス加工、車体組立、塗装、艤装の要因が必要となったため、Xらにその職務への配転を命じた。Y会社は、公平な人事を行うために、異動対象者全員について、各人の経験、経歴、技能、個人的希望等を個別的に考慮することは一切せずに機械的に配転を行った。Xらは、この配転は、権利濫用であるとして、A工場を就労場所とする機械工の地位にあることの確認等を求めて訴えを提起した。1審はXの請求を認容したが、原審(東京高判昭和62年12月24日)はXの請求を棄却した。そこで、Xは上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求棄却)

「原審の適用の確定した事実関係のもとにおいて、Y会社が本件異動を行うに当たり、対象者全員についてそれぞれの経験、経歴、技能等を格別にしんしゃくすることなく全員を一斉にA工場の新型車生産部門へ配置換えすることとしたのは、労働力配置の効率化及び企業運営の円滑化等の見地からやむを得ない措置として容認しうるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない」。

解説

 職種変更についても、転勤の場合と同様に、その変更命令の根拠が問題となる。本件において、原審は、就業規則に職種変更の命令に関する根拠規定があること、Y会社で実際に職種変更が行われた例のあること、および、職種変更を含めた配転が増大する一般的趨勢にあることから、雇用変更命令権が使用者に留保されていると判断した(最高裁も、この判断を正当として是認できるとした。ただ、ここでも転勤の場合と同様(→34東亜ペイント事件(解説))、端的に、就業規則の拘束力(労契法7条)から職種変更命令権を根拠づけることができるだろう)。

 ただ、本件のようなブルーカラー(工員)のケースでは、一定の職種のスペシャリストとして、黙示的に職種が限定されていると解釈することもできそうであり、時間的な経過にともない職種が限定されたと解する余地もあったと思われる。一般的には、専門的な職種については、職種限定の黙示の合意があったと判断されることが多いが、アナウンサーのような専門性が高い職種を考えられるものであっても、職種限定の合意を認めない判例もある(九州朝日放送事件ー最1小判平成10年9月10日)。

 長期雇用が慣行化している正社員については、その職種での仕事がなくなった場合や本人がその職種労務を遂行する能力が低下した場合などに、それを理由として解雇をするのではなく、雇用を維持するために職種を変更するという趣旨の合意が成立していると解することができる場合が多いであろう。そおのような場合には、使用者に職種変更権が留保されていると認めるのが労働契約の合理的な意思解釈となる。 

一般的には、専門的な職種については、職種限定の黙示の合意があったと判断されることが多いが、アナウンサーのような専門性が高い職種を考えられるものであっても、職種限定の合意を認めない判例もある(九州朝日放送事件ー最1小判平成10年9月10日)。

 長期雇用が慣行化している正社員については、その職種での仕事がなくなった場合や本人がその職種労務を遂行する能力が低下した場合などに、それを理由として解雇をするのではなく、雇用を維持するために職種を変更するという趣旨の合意が成立していると解することができる場合が多いであろう。そおのような場合には、使用者に職種変更権が留保されていると認めるのが労働契約の合理的な意思解釈となる。

一方、職種が限定されていたと解釈されれば、その合意が優先され(その理論構成は、就業規則の配転条項に拘束力を認める立場においては、労契法7条ただし書を根拠とすることになる)、職種変更命令を発することができないことになる(ただし、その場合でも正当な理由があれば配転命令を発することができるとする一般論を述べた裁判例として、東京海上日動火災保険事件ー東京地判平成19年3月26日)。この場合、職種の変更のためには、変更解約告知(→58スカンジナビア航空事件)によるなどして、労働者の同意を得ることが必要となる。

職種変更の命令権が認められても、権利の濫用となる場合には、その命令は無効となる。原審は、業務上の必要性が存在しており、他の不当な動機や目的がなく、労働者が通常受忍すべき程度を著しく超える不利益を負わせることになるなどの特段の事情がない場合には、権利濫用となるなどの特段の事情がない場合には、権利濫用とならないと述べている。これは、転勤命令の権利濫用の判断に関する東亜ペイント事件(→34)の判旨の枠組みと同じものである。不当な目的の典型例は、退職勧奨拒否に対する報復目的の配転である(たとえば、親和産業事件ー大阪高判平成25年4月25日)。また、配転における労働者の不利益には、将来のキャリア形成への不利益も含まれるとする裁判例もある(プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク事件ー神戸地判平成16年8月31日、X社事件東京地判平成22年2月8日等)。

労働契約法7条

7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

37 降格配転ー日本ガイダンス事件

仙台地判平成14年11月14日(平成14年(ヨ)160号)

事案の概要

賃金の低下にともなう配転命令の有効性。

事実

Y会社は、医療品等の製造、販売等を業とする会社である。Xは平成11年3月、Y会社との間で、賃金月額61万3000円とする内容の労働契約を締結し、A営業所の営業係長に配属された。

Y会社の給与体系は、職階ごとに分類して給与等級を割て当てられており、等級の低い方から順に、PJ-(1)、P(1)ないしP(2)、M(1)ないしM(3)となっている。営業事務職は、P(1)、営業職の主任はP(2)、営業職の係長はP(3)であり、Xは、Y会社入社以降、本件配置命令時点まで、A営業所の係長として稼働し、給与等級はP(3)であった。

会社は、平成12年から、各営業職員ごとの売上目標額を設定することとした。Xの実績は平成13年におけるY会社の全国営業所のP(3)職員15人中、目標達成率で14位、売上実績で最下位であった。そこで、Y会社は、平成14年3月5日付け辞令により、同月11日をもってXを従前の営業職(給与等級P(3))からA営業所事務職(給与等級P(1))への配置命令を発し、給与等級を引き下げた。これにより、Xの賃金は、月額31万③700円に減額された。

Xは、配転命令とそれに伴う賃金減額が無効であるとして、労働契約上営業職としての地位を有することを仮に定めることなどを求めて仮処分を申し立てた。

判旨 一部認容、一部棄却(配転命令は無効)

「従前の賃金を大幅に切り下げる場合の配転命令の効力を判断するにあたっては、賃金が労働条件中、最も重要な要素であり、賃金減少が労働者の経済生活に直接かつ重大な影響を与えることから、配転の側面における使用者の人事権の裁量を重視することはできず、労働者の適正、能力、実績等の労働者の帰属性の有無及びその程度、降格の動機及び目的、使用者側の業務上の必要性の有無及びその程度、降格の運用状況等を総合考慮し、従前の賃金からの減少を相当とする客観的合理性がない限り、当該降格は無効と解すべきである。

そして、本件において降格が無効となった場合には、本件配転命令に基づく賃金の減少を根拠付けることができなくなるから、賃金減少の原因となった給与等級P(1)の営業事務職への配転自体も無効となり、本件配転命令全体を無効と解すべきである(本件配転命令のうち降格部分のみを無効と解し、配転命令の側面については別途判断すべきものと解した場合、業務内容を営業事務職のまま、給与について、営業職相当の給与等級P(3)の賃金支給を認める結果となり得るから相当でない」。

解説

 日本の正社員に多い職能資格制の下では、賃金と職務内容は、直接的にリンクしていないので、職務内容が変更しても賃金金額が変更することはない。したがって、従来よりも軽易な職務への配転が行われた場合であっても、賃金の引下げが当然に認められるわけではない(デイエファイ西友事件ー東京地判平成9年1月24日等を参照)。

 逆に、本件のように、職務内容と賃金とが連動している場合には、職務内容の変更が認められると、賃金も引き下げられることになる。このような降格的配転の場合の配転命令および降格処分の有効性は、どのようにはんだんされるのであろうか。

 本決定は、配転命令については、使用者の人事権の裁量が広く認められるが、降格処分については、客観的合理性が厳格に問われるとし、降格処分が無効となるような配転命令は無効になると述べている。本件では、Y会社がXに退職勧奨を執拗に行っており、本件配転命令も、退職勧奨の一環として、給与等級の引き下げ奥的として行われたものであるという点が重視されて、無効という結論をなった(決定要旨外)(退職勧奨目的での降格的配転のケースで、合理性のない能力評価に基づき給与減額がなされたことを理由に降格を無効と判断した裁判例として、日本ドナルドソン青梅工場事件ー東京高判平成16年4月15日)。

一般的には、職務内容と賃金とが連動している場合において、労働者の労働能力の低下や業務上の要請等から、低位の職務内容への変更の必要性があり、それにともない賃金の減額が行われたという場合には、変更の必要性の程度と賃金の減少幅を比較考量しながら、配転命令(それにともなう降格処分)の有効性(権利濫用性)の判断がおこなわれることになろう(その場合に34東亜ペイント事件の枠組みを用いたものとして、L産業事件ー東京地判平成27年10月30日[結論は有効]。なお、配転の有効性を認めながらも、それに対応したグレードへの降格は人事権の濫用であるとした裁判例として、コナミデジタルエンタテイメント事件ー東京高判平成23年12月27日)。一方、役職の降格にともない、職務内容が変更し、それによって賃金(役職手当等)が減額された場合は、降格についての使用者の裁量が広いことから、配転の有効性が認められやすいであろう。

38 出向命令の有効性ー新日本製鐵事件

最2小判平成15年4月18日(平成11年(受)805号)

事案の概要

他社への業務委託にともない、労働者の同意なしに発せられた他社への出向命令は有効か。

事実

 Y社の従業員であるXや2名は、Y会社がA製鉄所の一定の業務をY会社の業務委託会社であるB会社に委託することになったため、B会社に期間3年の出向を命じられた。Y会社の就業規則には、「会社は従業員に対し、業務上の必要によって、社外勤務をさせることがある」という規定があった。また、Xらの所属するC労働組合の上部組織であるD連合会とY会社の間でも詳細な規定を含む社外勤務協定が締結されていた。

本件、出向措置をとるうえで、Y会社は、C組合と交渉して、その同意を得ており、そのうえで具体的な基準を立て、Xらを含む141名を選んだ。Y会社は選択された従業員に対し、個別に出向先での労働条件を提示して話し合いを実施したところ、Xらを含む4名いだけが、出向に同意しなかった。Xらを含む4名だけが出向にどういしなかった、Xらは不承諾のまま、出向措置に従ったうえで、出向命令の無効確認を求めて、訴えを提起した。なお、本件出向措置は、3年ずつ3回延長されている。1審および原審ともに、Xの請求を棄却したので、Xは上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求棄却)

 ①本件各出向命令は、Y会社が一定の業務を協力会社であるB会社に業務委託することにともない、委託される業務の従事していたXらにいわゆる在籍出向を命ずるものであること、

②Xらの入社時および本件各出向命令発令時のY会社の集魚規則にはsh外勤務規定があること

③Xらに適用される労働協約にも社外勤務条項として同旨の規定があり、労働協約である社外勤務協定において、社外勤務の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金、退職金、各種の出向手当、昇格、昇給等の査定その他処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した詳細な帰依地が設け圧れていること、という事情がある。

以上のような事情の下においては、Y会社は、Xらに対し、その個別的同意なしに、本件各出向命令を発令することができる。

 Y会社のしたB会社への業務委託の経営判断は合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたY会社の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができ、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性をうかがわせるような事情はない。また、本件各出向命令によってXらの従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定の規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。そして、本件各出向命令の発令に至る手続に不相当な点があるともいえない。これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。

解説

 出向とは、労働者が、現在雇用関係にある使用者との労働契約関係存続させたまま、他の使用者の下で労務に従事することを指す。出向命令の法的根拠としては、民法625条1項に基づき、労働者の承諾を必要とする見解が多い。また使用者の権利の譲渡には該当しないとして同項の適用を否定しても、出向は労務提供先(指揮命令権の行使主体)という重要な労働条件の変更となるので、労働者の同意は必要となる。もっとも、そこでいう承諾のない同意が、どの程度のものである必要があるか(具体的・個別的でなければならないか、ほうかつてきでよいかなど)については、見解が分かれる。

本判決は、結論として、労働者の個別的同意なしに出向命令を発することができるとした。(判旨)その一方、就業規則や労働協約の規定だけで、出向命令を発することができるとは判断していない。本件では、Y会社の業務がアウトソーシングされ、そこで業務にじゅうじしていた従業員にとってはY会社での仕事がなくなってしまったという事情(他方、本篇決が、一般的に、個別的同意を不要とする立場をとったとみることは妥当ではないであろう(もっとも、私見では、就業規則の合理的な規定があれば、出向命令の根拠となりうると解する(労契法7条)。使用者に出向命令権があるとしても、その権利が濫用となる場合には無効となる。(判旨)。現在では、出向命令の権利濫用は、労契法14条に基づき判断される。出向命令が権利濫用とされる場合の典型例は、出向により、労働条件が大幅に低下する場合や労働者に生活上の著しい不利益が生じる場合もある。(リコー事件ー東京地判平成25年11月12参照)

出向中において、出向元と出向先が、出向中の労働者との間の権利義務をどのような分担するかは、出向中の労働者も含めた当事者間の合意により決定されるべき事柄である。通常は、基本的な労働契約関係は出向元との間にあるので、解雇などの労働契約の解消に関する権限は出向元に留保されていると解されよう。

 出向先と出向労働者との間で労働契約の成立が認められるか否かについては議論があるが、少なくとも労基法等の労働保護法の適用関係については、出向元と出向先のうち、当該事項について実質的に権限を有しているほうが使用者としての責任を負うとかいすべきであろう。なお、裁判例には、安全配慮義務(労契法5条)やセクシャル・ハラスメントについての責任を、出向先が負うとしたののである(協成建設工業ほか事件ー札幌地判平成9年11月20日[民法715条の使用者責任を肯定]等を参照)。

 なお、出向から復帰させる場合には、原則として労働者の同意は不要である(古川電気工業・原子燃料工業事件ー最2小判昭和60年4月5日)。

民法625条1項(使用者の権利の譲渡の制限等)

625条 使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

2 労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。

3 労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは、使用者は、契約の解除をすることができる。

民法715条(使用者等の責任)

715条  ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。

3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

労契法5条(労働者の安全への配慮)

5条 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

労契法7条

7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労契法14条(出向)

14条 使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

39 配籍命令の有効性ー三和機材事件

東京地判平成4年1月31日(平成3年(ヨ)2267号)

事案の概要

使用者は、労働者の同意なしに配籍を命じることができるか。

事実

Y会社は和議が進められ経営再建を勧められ経営再建をしているなか、営業部を独立・分社化するために、新たなA会社を設立し、Y会社の営業部所属員全員を転籍させることとした。そのため、出向規定を整理して、就業規則上の出向には転籍も含まれることを明確にした。Y会社はこの転籍について、B労働組合と団体交渉を行ったが、合意に達しなかった。Y会社の営業部所属の従業員は、Xを除き、すべてが転籍に同意したが、B組合の書記長でもあったXは、B組合に任せていることをなどを理由としてこれに反対した。Y会社は、Xの説得を続けたが、結局、本人の同意を得られぬまま、転籍命令を発したところ、Xはこれに従わなかったために懲戒解雇された。そこで、Xは、懲戒解雇が無効であるとして、地位保全および賃金仮払いの仮処分を申し立てた。

決定要旨 賃金仮払いは申請認容。地位保全申請は却下。

「転籍出向は、出向前の使用者との間の従前の労働契約関係を解消し、出向先の使用者との間に新たな労働契約関係を生じしめるものであるから、それが民法625条1項にいう使用者による権利の第三者に対する譲渡に該当するかどうかはともかくとしても、労働者にとっては重大な利害が生ずる問題であることは否定し難く、したがって、一方的に使用者の意思のみによって転籍出向を命じ得るとすることは相当でない。

「現代の企業社会におては・・・・いかなる場合にも転籍出向を命じるには、労働者の同意が必要であるとするのが妥当であるか否かについては疑問がないではない。しかしながら、・・・・労働契約における人間関係の重要性は否定することはできず、また、契約締結の自由の存在を否定することができない以上、・・・・常に具体的同意でなければならないかどうかはともかく、少なくとも包括的な同意もない場合にまで転籍出向を認めることは、いかに両社間の資本的・人的結びつきが強く、双方の労働条件に差異はないとしても、到底相当とは思われない。

解説

 転籍は、元の使用者との労働契約関係が完全に解消されるという点で、出向とは区別される。転籍の法律構成としては、使用者の地位を譲渡するというタイプ(地位譲渡型)と転籍元会社とのおる同契約を合意解約して、転籍先会社と新規に労働契約の締結をするというタイプ(新規契約締結・解約型)とがある。

 地位譲渡型においては、民法615条1項の適用により、労働者の承諾が必要であるし、新規契約締結型においても、合意解約、労働契約の新規締結のいずれにも、労働者の同意は必要である。したがって、転籍は、法律構成のいかんを問わず、労働者の同意が必要となる。

 決定判旨も、使用者の一方的命令により労働者を転籍させることはできないと明言している(38新日本製鐵事件・判旨外も、転籍の場合には個別的同意が必要であることを前提とした判断をしている)。

問題は、労働者の同意が、どの程度、具体的・個別的なものである必要があるかである。転籍には転籍元会社を退職するという重大な効果があることからすると、労働者のその都度の具体的同意が必要となるという考え方もある(裁判例として、日本電信電話事件ー東京地判平成23年2月9日)。もっとも、将来起こりうる転籍について、その転籍後の労働条件などを労働者に具体的に説明していて、その労働者が真に納得して同意しているという事情があれば、事前の同意であってもよいであろう。裁判例には、入社面接の際に人事部長から当該転籍先企業への転籍がありうる旨の説明を受けていて、労働者がそれに異議のない旨の応答をしていたという事案で、事前の包括的同意があったとして転籍命令を有効と認めたものがある(日立精機事件ー千葉地判昭和56年5月25日)。決定判旨も、労働者の包括的同意に基づき、使用者が転籍命令を発することができることを否定してはいない(それが肯定されても、権利濫用であるとして無効とされることはある)。

本件では、Xは転籍に反対の立場を表明してきており、同意があったとはいえないため、転籍命令は無効と判断されており、その結論は妥当といえるであろう(ただし、Xは、将来、整理解雇の対象となる可能性はある)。

 なお、現在では、本件のような事業部門の分社化を行うためには、企業は会社分割という手法を使うことができ、その手法を使った場合、分割された事業に主として従事する労働者の労働契約が、分割計画書等で承継対象とされると、その労働者の同意がなくても、労働契約は承継される(つまり、転籍が認められる)ことになる(労働契約承継法3条75日本アイ・ビー・エム事件も参照

民法625条1項(使用者の権利の譲渡の制限等)

625条 使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。

2 労働者は、使用者の承諾を得なければ、自己に代わって第三者を労働に従事させることができない。

3 労働者が前項の規定に違反して第三者を労働に従事させたときは、使用者は、契約の解除をすることができる。

労働契約承継法3条(承継される事業に主として従事する労働者に係る労働契約の承継)

3条 前条第一項第一号に掲げる労働者が分割会社との間で締結している労働契約であって、分割契約等に承継会社等が承継する旨の定めがあるものは、当該分割契約等に係る分割の効力が生じた日に、当該承継会社等に承継されるものとする。

40 傷病休職ーJR東海事件

大阪地判平成11年10月4日(平成10年(ワ)3041号)

事案の概要

傷病休職期間満了において従来の職務に復帰できない労働者を退職扱いとすることはできるか。

事実

鉄道事業を営むY会社の従業員で、車両の整備業務等に従事してきたXは、脳内出血で倒れ私傷病欠勤となり、欠勤日数が180日を超えたので、就業規則に基づき病気休職を命じられた。就業規則では、病気休職の期間は3年以内であり、期間満了時に復職できない場合には、退職すると定められていた。Xの休職期間が3年となったところ、Xは復職の意思を表示していたが、Y会社内の判定委員会は復帰不可能と判断し、Y会社はその判定に基づきXを退職扱いとした。そこで、この退職扱いは違法であるとして、従業員としての地位確認等を求めて訴えを提起した。

判旨  請求認容

 「労働者が私傷病により休職となった以後に復職の意思を表示した場合、使用者はその復職の可否を判断することになるが、労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては、休職前の業務において労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、使用者の規模や業種、その社員の配置や異動の実情、難易等を考慮して、配置換え等により、現実に配置可能な業務の有無を検討し、これがある場合には、当該労働者に右配置可能な業務を指示すべきである。そして、当該労働者が復職後の職務を限定せずに復職の意思を示している場合には、使用者から指示される右配置可能な業務について労務の提供を申し出ているものというべきである」。「身体障碍等によって、従前の業務に対する労務提供を十全にはできなくなった場合に、他の業務においても健常者と同じ密度と速度のと速度の労務提供を要求すれば、労務提供が可能な業務はありえなくなるのであって、雇用契約における信義則からすれば、使用者はその企業の規模や社員の配置、異動の可能性、職務分担、変更の可能性から能力に応じた職務を分担させる工夫をするべきであり、Y会社においても、例えば、重量物の取扱いを除外したり、仕事量によっては複数の人員を配置して共同して作業させ、また、工具等の現実の搬出搬入は貸し出しを受ける者に担当させるなどが考えられ、Y会社の企業規模から見て、Y会社がこのような対応をとり得ない事情は窺えない。そうであれば、少なくとも工具室における業務についてXを配置することは可能である」。

解説

 休職は、法律上の制度ではなく、就業規則や労働協約によって定められる制度である。休職には、本件で問題となった傷病(病気)休職以外に、私的な事故を理由とする事故欠勤休職、起訴休職(→41全日本空輸事件)等がある。

 傷病休職については、期間満了時になお傷病が治癒せず、就業が困難な場合に自動(自然)退職(あるいは解雇)が規定されているときに、そのような取扱いが有効であるかが問題となることが多い。

 本判決は、判旨において、使用者は復職の可否の判断においては、労働者の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、配置替え等により、現実に配置可能な業務がある限り、その業務に配置すべきでという判断を示している。これは、病気のために従前の労務が提供できない場合の「債務の本旨に従った履行の提供」に関する判断をした片山組事件最高裁判決→88の影響を受けていることが明らかな判示部分である(精神障害の事案で、同様の判断をしたものとして、キャノンソフト情報システム事件ー大阪地判平成20年1月25日)。

傷病休職には、解雇猶予措置としての意味もあるので、休職期間満了後の解雇や自動車退職は容易に認められるそうであるが、正社員に対する雇用保障を重視する立場からは、私傷病により長期欠勤している場合にも、容易に解雇や自動退職を認めるべきでないことになる(なお近年、裁判所において業務上の疾病と判断されて、労基法19条により解雇や自動退職が無効とされるメースも増えている。たとえば、医療法人健進会事件ー大阪地判平成24年4月13日、東芝事件ー最2小判平成26年3月24日も参照)。

 もっとも、判旨においても、現実に配置可能な業務の有無の判断においては、「その能力、経験、地位、使用者の規模や業種、その社員の配置や異動の実情、難易等」を考慮要素にいれており、たとえば零細企業で従業員の異動が容易でない場合には、退職扱いが有効とされる余地もある。退職扱いを認めなかった本件の結論には、Y会社の企業規模の大きさも影響している(判旨)。一方、精神疾患による休職のケースで、復職の現実的可能性を本人の希望する総合職の範囲でみて結論として否定した裁判例もある(伊藤忠商事事件ー東京地判平成25年1月31日)。

 労働者の職種や業務内容が限定されている場合には、判旨はあてはまらないが、その場合でも、使用者には、労働者の就業可能な業務への配置を打診する信義則上の義務があると解すべきであろう(カントラ事件ー大阪高判平成14年6月19日参照)。

労基法19条(解雇制限)

19条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。

② 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

41 起訴休職ー全日本空輸事件

東京地判平成11年2月15日(平成9年(ワ)16844号)

事案の概要

私生活において、傷害事件を起こして略式起訴された航空機機長に対する無給の長期の起訴休職処分は有効か。

事実

定期航空運送事業を営むY会社の機長資格操縦士であるXは、平成8年4月22日に、以前から男女関係にあったY会社の客室乗務員でAに対して傷害を負わせたとの被疑事実により逮捕され、同24日に公式起訴され、同日、罰金10万円の略式起訴を受けて釈放された。Y会社は、Xに対して、翌25日に乗務停止の措置をとり、同年5月20日に無給の休職に付した。

Xは、同年5月7日に正式裁判の請求をし、平成9年11月20日に無罪判決が宣告された。Xは、同年28日に、休職処分を解かれて復職し、機長として乗務している。Xは、本件、休職処分が無効であることの確認、および、休職期間中の未払賃金の支払いを求めて訴えを提起した。

判旨 一部認容、一部棄却(休職処分は無効)

 Y会社の就業規則における「起訴休職制度の趣旨は、刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させると、職務内容又は公訴事業の内容によっては、職場秩序のが乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に支障が生ずることを避けることにあると認められる。従って、従業員が起訴された事実のみで、形式的に起訴休職の規定の適用が認められるものではなく、職務の性質、公訴事実の内容、身柄拘束の有無など諸般の事情に照らし、起訴された従業員が引き続き就労することにより、Y会社の対外的信用が失墜し、又は、職場秩序の維持に障害が生ずるおそれがあるか、あるいは、当該企業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずるおそれがある場合でなければならず、また、休職によって被る従業員の不利益の程度が、起訴の対象となった事実が確定的に認められた場合に行われる可能性がある商会処分の内容と比較して明らかに均衡を欠く場合でないことを要する。

Xは身柄を拘束されておらず、公判期日への出頭も有給休暇の取得により、十分に可能であり、Xが労務を継続的に給付するにあたっての障害は存しない。また、Xが逮捕されて略式起訴を受けた日から1週間が経過している時点では、Xの労務を継続が案ぜん運航に影響を与える可能性を認めるに足りる証拠はない。

また、Y会社の対外的信用の失墜のおそれについては、本件は、Y会社の業務とは関係のない、男女関係のもつれが原因で生じたものであり、X逮捕の事実については、マスコミも、報道することが相当な公益にかかわる事件ではないと判断してほうどうしなかった。職場秩序に与える影響についても、客室乗務員は専門的職業意識に基づき自らの業務を遂行するものなので、本件のようなY会社の業務外の時間、場所で生じた偶発的なトラブルによって、機長との信頼関係の維持不能な状況となるとはいえない。

 Xが仮に有罪となった場合に付される可能性のある懲戒処分の内容も、解雇は濫用とされる可能性が高く、他の懲戒処分の内容も、降転職は賃金が支給され、出勤停止も1週間を限度としており、減給も賃金締め切り期間の10分の1を超えないとされていることと比較して、無給の休職処分は著しく均衡を欠くものというべきである。

 本件休職処分は、無効であり、Xは民法536条1項により、賃金請求権を失わない。

解説

起訴休職制度の趣旨は、「職場秩序が乱されたり、企業の社会的信用が害され、また、当該従業員の労務の継続的な給付や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを避けることにある。」(判旨)。したがって、起訴されただけで、当然にその労働者に対する休職処分が認められるものではない。特に労働者の身柄が拘束されておらず、業務の継続により業務の遂行に影響を及ぼす可能性が小さかった本件の事情を考慮すれば、休職命令の妥当性は疑問が残る者であった。(判旨を参照)。

また、本判決は、起訴休職処分の内容は、起訴された事件が仮に有罪になった場合に課せられるであろう懲戒処分の内容と比べて、明らかに均衡を欠かないものでなければならないとする(判旨)。Y会社では、出勤停止は1週間が限度であり、減給も賃金締切期間分の10分の1以下とされていることからすると1年6か月に及ぶ無給の休職処分は重すぎることになろう(判旨を参照)。

休職が無効の場合には、解雇の場合と同様、労働者の総務債務は、使用者の受領拒否によりる履行不能となり、使用者に帰責事由がもみ止まられることから、労働者には民法536条2項に基づき全額の賃金請求権が認められることになり(判旨)。なお、休職期間中の賃金の定め方は、原則として、当事者に委ねられるが、もっぱら使用者側の都合による休職の場合には、これを無給と定める規定は無効と解される(民法90条)か、就業規則の規定による場合は、合理性が否定される(労契法7条)であろうし、休職処分が有効であっても、平均賃金の6割以上の賃金の支払いが義務づけられる(労基法26条)。

民法536条2項(債務者の危険負担等)

536条 前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。

2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

民法90条(公序良俗)

90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

労契法7条

7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。

労基法26条 (休業手当)

26条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

42 昇進・昇格差別ー芝信用金庫事件部見出し

東京高判平成12年12月22日(平成8年(ネ)5543号・5785号、平成9年(ネ)2330号)

事案の概要

昇格差別を受けた女性労働者に、昇格請求権は認められるか。

事実

 Y信用金庫は、昭和43年に年功序列型人事制度を改めて、職能資格制度を導入した。新制度においては、格付けは、職員の職務遂行能力に対応して行われ、処遇は資格ごとの賃金体系により決定された。同53年なは、資格の付与につき、昇格試験制度を導入した。しかし、昇格試験制度の導入後も、「主事」自動昇格制度を導入したり、男性職員に対してのみ、昇格試験制度を導入したり、男性職員に対してのみ、昇格試験の結果に関係なく、「副参事」に昇格させたり、試験なしに上位に抜擢昇格させたりしていた。

 Xらは、Y信用金庫の少数組合であるA労働組合に所属する女性職員であるが、Xらと同期同給与年齢の男性職員は、ほぼ全員が副参事に昇格していたのに対して、Xらは「主事(係長職)」にとどまっていた。

 Xらは、女性であることを理由に同期同給与の年齢の男性と比較して昇給と昇進において差別を受けたとして、副参事(課長職)への昇格の確認および昇格時以降の差額賃金の支払いを求めて訴えを提起した。

原審は、Xらの請求を認容した(ただし、課長の職位にあることの確認請求は認めなかった)。XとY信用金庫双方が控訴した。

判旨

原判決変更(副参事への昇格の確認請求については、Xらの請求を認容)

本件は、女性であることを理由として、Xらの賃金について直接に差別した事案ではないが、「資格の付与が賃金額の増加に連動しており、かつ、資格を付与することと職位に付けることとが分離されている場合には、資格の付与における差別は、賃金の差別と同様に観念することができる。そして、特定の資格を付与すべき「基準」が定められていない場合であっても、右資格の付与につき、差別があったものと判断される程度に、一定の限度を超えて、資格の付与がなされたときには、右の限度をもって「基準」に当たると解することが可能であるから、同法(労基法13条ないし93条)の類数適用により、右資格を付与されたものとして扱うことができると解されるのが相当である。「Y信用金庫においては、副参事の受験資格者である男性職員の一部に対しては、副参事昇格試験等における人事考課において優遇し、優遇を受ける男性職員が昇格試験導入前においては、人事考課のみの評価により昇格し、昇格試験導入後は、その試験に合格して副参事・・・・に昇格を果たしyているのであるから、女性職員であるXらに対しても同様な措置を講じられたことにより、Xらに対しても同様な措置を講じられたことにより。Xらも同期同給与年齢の男性職員と同様な時期に副参事試験に合格していると認められる事情にあるときには、従前の主事資格に据え置かれるというその後の行為は、労働基準法13条の規定の類推適用により、副参事の地位に昇格したのと同一の法的効果を求める権利を有するものというべきである」。

解説

昇進または昇格において、労基法3条に反するような差別や男女差別(男女雇用機会均等法6条1号等)が行われた場合、まず、考えられるの救済としては、これまでの差別により被った損害の賠償である(社会保険診療報酬支払請求基金事件ー東京地判平成2年7月4日等を参照)。しかし、こうした差別に対しては、それにより生じた現存の格差を将来に向けて是正するのでなければ、抜本的な救済とはならない。そのため、本件のように、差別を受けた労働者が、差別がなければ就いていたであろう資格への昇格および職位への昇進を求めていることができるのかが問題となった。

 本件では、原審は、昇進については、使用者の経営上の専権事項であるとして、Xらの請求を棄却した(控訴審では、この点は争われていない)が、が、昇格についてはXらの請求を認めた。

昇進と昇格の違いは、前者が、企業組織のラインにおける役職や職位の上昇を指すのに対して、後者は、職能資格の上昇を指し、それにより基本給も上昇するという点にある。その意味で、男女間の昇格差別は、賃金差別(労基法4条を参照)としての一面をもつことになる。

 従来の裁判例は、昇格も使用者の人事業の裁量によるので、昇格請求(課長職にあることの確認請求)までは認められないとしていた(前掲・社会保険診療報酬支払基金事件等)。しかし、本判決は、資格の付与における差別は賃金差別と同視できるとし、労基法13条ないし93条(現在の労契法12条)の類推適用により、昇格請求が認められるとの判断を示した(原審は、就業規則上の均等待遇規定を労使慣行を根拠として同様の結論を導いていた)。もっとも、判旨のいう「基準」は、労基法13条の普通の解釈からすると、かなり無理があるという印象は否めない(野村証券事件ー東京地判平成14年2月20日等も参照)。

労基法3条 (均等待遇)

3条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

労基法4条 (男女同一賃金の原則)

4条 使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。

労基法13条 (この法律違反の契約)

13条  この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

労基法93条 (労働契約との関係)

93条 労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十二条の定めるところによる。

労契法12条(就業規則違反の労働契約)

12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

男女雇用機会均等法6条1項

6条 事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。

一 労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練

二 住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であつて厚生労働省令で定めるもの

三 労働者の職種及び雇用形態の変更

四 退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新

43 職能資格の降格ーアーク証券事件

京地決平成8年12月11日(平成8年(ヨ)21134号)

事案の概要

降格による賃金の引き下げは、そのような場合に認められるか。

事実

 Xは、証券会社であるY会社の営業職員であった。Y会社は、経常利益等が赤字となったため、リストラ策を実施し経費削減に努めていた。Y会社の就業規則には、昇減給の定めがなかったが、平成6年4月1日、就業規則を改訂し、「社員の給与については、別に定める給与規定による」と定め、別途、給与規定を新設した。新給与規定には、昇減給について、「昇減給は、社員の人物、能力、成績等を勘案して、・・・・基準内給与の各種類について、年1回、ないし、年2回、行う。但し、事情により、これを行わないこともある。」と定められていた。

Xの給与は、就業規則改訂以前(平成4年4月当時)は、6級11号俸であり、職能給と諸手当を合わせると計60万円であったが、平成4年5月以降、勤務成績不振を理由に、毎年、等級が降格され、職能給が低下していった。平成8年5月には、4級3号俸(主任)に降格され、給与は合計で28万2500円となり、同年10月9日には、さらなる降格も通告された。そこで、Xは、平成4年5月以降の降格は無効であるとして、差額賃金分の仮払いなどを求めて訴えを提起した。

決定要旨 一部認容、一部却下(降格は無効)

 「使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付されていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するにあたっては、就業規則等のおける職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠づけられていることが必要である。

Y会社は、平成4年5月以降、就業規則等の根拠がないにもかかわらず、Xの降格処分を行い、その職能給を減給しているが、この取扱いは無効である。

「Y会社において行われている「降格」は、資格制度上の資格を低下させうrもの(昇給の反対措置であり、一般に認められている、人事権の行使として行われる管理監督者としての地位を剥奪する「降格」(昇進の反対措置)とはその内容が異なる。

資格制度における資格や等級を労働者の職務内容を変更することなく引き下げることは、同じ職務であるのに賃金を引き下げる措置であり、労働者との合意等により、契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当の理由がなければなしえるものではない。」

 平成6年4月1日以降は、Y会社の就業規則が改訂され、昇減給について定める新給与規定が設けられている。この規定が、降級・減給を根拠付けるものとなるかは、就業規則の合理的変更処理により、判断される。

新給与規定は、降格・減給も基礎づけるものであり、これはXにとって賃金に関する不利益な就業規則の変更にあたるから、この規定をXに対し、適用するためには、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものといえなければならないが、高度の必要性およびその合理性につき主張および疎明がない。したがって、新給与規定は、平成6年4月以降の降格・減給につき根拠となりえない。

解説

 一般に、降格とは、決定要旨も述べるように、職能資格制度における資格や等級の引き下げ(昇格の反対)と人事権の行使として行われる役職や職位の引き下げ(昇進の反対)とに分けれれ、本件では、その前者の意味での降格の有効性が争われている。

職能資格制度における降格は、使用者が一方的に行うことは認められず、労働者との合意があるか、就業規則の明確な根拠と相当の理由がなければならないとされる。(決定要旨 )通常は、労働者の職務遂行能力は、勤続とともに向上するものとされ、降格は想定されていないからである。本件では、平成6年4月までは、就業規則上、降格に関する根拠規定はなかったので、労働者の同意のない一方的な本件降格は、無効とされた(決定要旨)。

 Y会社は、平成6年4月に就業規則を変更して、昇給・減給についての規定を整備した。この規定は、降格による減給を基礎づけるものであるが、それゆえ、こうした規定の新設は、就業規則の不利益変更となるので、合理的変更法理(現在の労契法10条)の適用を受ける(決定要旨)こう。新設規定は、昇給についても定めているので、ただちに労働条件の不利益変更になるわけではないが、裁判例上は、賃金の引下げの可能性があること自体が不利益であるととらえている(たとえば、ノイズ研究所事件ー東京高判平成18年6月22日)。

 このように降格を根拠づける規定を就業規則で新設する場合には、就業規則の不利益変更となり、しかもこれは賃金の不利益変更という面もあるので、高度の必要性が求められる(大曲市農協協同組合事件ー最3小判63年2月16日)。本件では、高度の必要性と合理性について主張も疎明もなされていないことから、新設規定の拘束力は認められなかった。

44 役職の降格ー東京都自動車整備振興会事件

東京公判平成21年11月4日(平成21年(ネ)826号)

事案の概要

役職にふさわしくないという理由による、副課長から係長への降格は有効か。

事実

社団法人Yは、自動車分解整備事業を行う会員のためのサービス提供を業務をしている。Xは、Y法人のA支所の副課長であった。A支所は10名程度で稼働しており、そのトップは支所長で、その次が副課長、その他は一般職員であった。(Y法人の役職は、事務局長、部長、次長、課長、副課長、掛長、主任となっていた)。Xは昭和54年にY法人に就職し、平成10年にB支所係長、平成12年に副課長、平成16年にA支所業務副課長に任命されている。また、Xは個人加盟のC労働組合に所属して副中央執行委員を務めるとともに、Y法人の職員で構成されるD分会の書記長でもある。A支所の副課長は、支所長(部長または課長)を補佐するとともに、窓口対応の責任者的立場にあるが、自身で窓口対応等にもあたっていたが、会員等からXの対応の悪さにちゅいて度重なる苦情があり、E支所長からの注意があったにもかかわらず、その仕事ぶりは改まらなかった。そこで、平成18年10月、Y法人は、Xに対しA支所業務課係長への本件降格処分を行った。

Xは、本件降格処分は、不当労働行為であり、人事権の濫用として不法行為に該当すると主張し、本件降格処分の無効確認、降格により減額された役職手当の支払い、損害賠償等を求めて訴えを提起した。

1審は、本件降格処分は無効そし、役職手当の差額支払い、慰謝料30万円の支払いを命じた。そこで、Y法人は控訴した。

判旨 原判決取消し(Xの請求棄却)

本件降格処分は、「懲戒処分として行われたものではなく、Y法人の人事権の行使として行われたものである。このような人事権は、労働者を特定の職務やポストのために雇い入れるのではなく、職業能力の発展に応じた各種の職務やポストに配置していく長期雇用システムの下においては、労働契約上、使用者の権限として当然に予定されているということができ、その権限の行使については使用者に広範な裁量権が認められるというべきである。おすすると、本件では、本件降格処分について、その人事権行使に裁量権の逸脱又は濫用があるか否かという観点から、判断していくべきである。そして、その判断は、使用者側の人事権行使についての業務上、組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力、適正を有するか否か、労働者がそれにより、被る不利益の性質・程度等の諸点を総合してなされるべきものである。

ただし、それが不当労働行為の意思に基づいてされたものと認められる場合は、強行規定としての不利益取扱禁止規定(労働組合法7条1号)に違反するものとして、無効になるというべきである。もっとも、この不当労働行為の意思に基づいてされたものであるかどうかの認定判断は、本件降格処分を正当を認めるに足りる根拠事実がどの程度認められるか否かによって左右されるものであり、処分を正当と認める根拠事実が十分認められるようなときは、不当労働行為の意思に基づくものであることは否定されるというべきである。」

解説

 本件のような役職の降格は、職能資格制度ける降格とは違い、特別の労働契約上の根拠がなくても、「使用者の権限として当然に予定されている」とされ、「その権限の行使については使用者に広く広範な裁量権が認められる」(判旨)。労働者がどのような役職や職位につけるかは、その労働者の管理職としての能力を総合的に評価して行うべきものであり、使用者の広い経営上の裁量権にゆだねられていると解されるからである。もちろん、こうした裁量も、逸脱や濫用はありうる(労契法3条5項を参照)。本判決は、その判断は、業務上、組織上の必要性の有無、程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するか否か、労働者がそれにより被る不利益の性質・程度等の諸点を総合考慮するべきとしている(本件では、裁量権の逸脱や濫用はなかったと判断された。最近の無効例として、コアズ事件ー東京地判平成24年7月17日)。

また、本判決は、労組法7条1項は強行法規であるとして、降格が不当労働行為に基づく不利益取扱いに該当する場合には無効となるとしたうえで、もっとも、降格が正と認められる根拠事実が十分認められる場合には、不当労働行為意思に基づくものではないとする。これはいわゆる動機の競合(当該人事処分の正当性と判組合的意思の競合)の場合の1つの判断方法を示したものといえる。

 本件のような人事権の行使による降格は、外形的には、懲戒処分としての降格との違いがはっきりしないことがある。人事権の行使による降格でも、懲戒処分の場合と同様、制裁的な機能をもつことがあるからである。懲戒処分となると、厳格な懲戒法理が適用されるため、結論も違ってくる(たとえば、懲戒処分であれば、就業規則の根拠規定がなければかすことはできない)。思うに、使用者が明示的に懲戒処分として行ったものでないかぎり、人事権の行使によるものとみるべきであり、当該降格が制裁的に機能をみっていることは、権利濫用性の判断において考慮すべきであろう。

労働組合法7条1号(不当労働行為)

7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。

二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。

三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。

四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

労契法3条5項 (労働契約の原則)

3条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。

4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。

5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

45 公正査定ーエーシーニールセン・コーポレーション事件

東京高判平成16年11月16日(平成16年(ネ)2453号)

事案の概要

成果主義を基本給の査定について、使用者の裁量はどこまで認められるか。

事実

 外資系のマーケティング・リサーチ会社であるY会社は、A会社から、リテール・インデックス・ビジネスについて事業譲渡を受けた。それにともない、Xら3名を含むA会社の同部署の従業員は、Y会社の従業員として雇用荒れていた。Y会社においてXらに適用された新人事制度では、まず、従業員を6段階(バンド)に分類し、各バンドごとに設定された給与範囲の中で、基本給が定められる。昇降給については、毎年4月1日の基本給改定の際に、各人の評価に応じて昇給指数を適用するといった成果主事的なものであった。各人の評価は、半期ごとに行われ、評価期間の最初に、従業員が上司と面談を行い、当期の自己評価を提出し、これに上司が評価を加えるという仕組みになっていた。

Xらは、Y会社への入社に際して、バンド設定のための格付け評価がなされた。Xらは、A会社で支給されていた基本給を維持できるバンドに格付けられたが、当初から低い評価を受ければ、降格となる可能性があった。

 Xらは、翌年の人事評価において、低い査定評価を受け、平成14年4月1日以降、基本給が引き下げられた。X1については、月額1万8000円、X2は6500円、X3は1万1970円の減額となった。

 Xらは、事業譲渡の際に、これまでの労働条件を内容とする労働条件が引き継がれているはずであるので、自分たちの給与は、A会社にいたときの給与制度に基づき算定されるべきである。また、本件の降級は、不当労働行為による不当な査定の結果によるもので無効であるなどと主張して、賃金差別の支払いを求めて、訴えを提起した。1審は、Xの請求を棄却したので、Xha控訴した。

判旨 控訴棄却(Xの請求棄却)

「労働契約の内容として、成果主義による給与制度が定められている場合には人事考課とこれに基づく給与査定は、基本的には使用者の裁量に任されているというべきである。しかしながら、ある従業員が、給与査定の結果、降級の措置を受け、当該降級措置が、不当労働行為に当たると認められるときは、公序良俗に反するものとして無効となる。」

Xらに対する人事考課は、新人事制度の手続に則って行われたものであり、「Xらについて低い評価さされたのは、Xらが新人事制度において定められている上司との面談を拒否したため、上司によって設定された目標やそのウエイトについてXらの意見が反映されなかったことや、もともと従前の資格・等級に比して1つ上位のバンドに位置づけられたため、より高い目標の達成を求められたことによるものと認められ、現に、Xらが所属するバンドの昇格や昇給の措置を受けた者も複数いることも勘案すれば、Xらに対し、労働組合の組合員であることを理由に不利益な人事考課がされたとは認められない」。

解説

 査定は、賞与の算定や昇進・昇格の判定など、労働者の人事処遇のさまざまな場面で用いられるが、これにゆいては、使用者の広い裁量にゆだねられていると解するのが一般的である。ただ、成果主義型処遇が広がり、基本給についても査定が重要な意味をもつ場合が増えてきたことから、使用者の裁量をどこまで広く認めることができるかが問題となってきた。

 本判決は、この点について、成果主義による給与制度が定められている場合でも、査定は基本的には使用者の裁量に任されている場合でも、査定は基本的には使用者の裁量に任されていると述べている。例外は、不当労働行為に該当する場合である(労組法7条)。

 一方、学説では、査定について使用者に広い裁量を認めるのは適切ではなく、公正査定義務を課すべきとする見解も有力である。この見解によると、同義務に違反した使用者は、損害賠償責任または公正な査定に基づく賃金との差額支払義務を負うことになる。

1審は、「降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に、降給が規定されているだけでなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続が存することが必要であり、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った降級の措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不公正な事情が認められないかぎり、郊外降給の措置は、当該仕組みに沿って行われたものとして許容される」と述べていた(東京地判平成16年3月31日)。公正査定義務を認める見解のなかでも、査定の内容にちゅいての適正さを求めるものと査定を行うプロセスの適正さを重視するものがあるが、1審は後者であった(人事考課既定の定める実施手順に違反していることを理由に裁量の逸脱があるとした裁判例として、マナック事件ー広島高判平成13年5月23日)。しかし、本判決は、1審とは異なり、使用者の裁量を重視し、公正査定義務そのものに消極的な判断を示している。

労組法7条(不当労働行為)

7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。

二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。

三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。

四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。

四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。

46 解雇権の濫用ー日本食塩製造事件

最2小判昭和50年4月25日(昭和43年(オ)499号)(民衆29巻4号456頁)

事案の概要

ユニオンショップ協定に基づく解雇は有効か。

事実

A労働組合の執行委員Xは、A組合とY会社との労使紛争に端を発して懲戒解雇処分となったが、B地方労働委員会の斡旋により和解が成立し、Xは退職することとなった。その後、Xは和解に従って退職することを拒否したために、A組合はXを離籍処分(除名処分)とした。A組合とY会社との間では、「会社は組合を脱退し、または、除名された者を解雇する」とのユニオンショップ条項を含む労働協定が締結されていた。昭和40年8月21日に、A組合は、前記の離職処分を行い、その旨をY会社に通知したので、同24日に、Y会社は、ユニオン・ショップ条項に基づきXを解雇する旨の意思表示をした。そこで、Xは、本件離籍処分は無効であり、したがって、ユニオン・ショップ条項に基づく解雇も無効であるとして労働契約関係の存在の確認を求めて訴えを提起した。1審はXの請求を認容したが、原審は、Xの請求を棄却したため、Xは上告した。

判旨 原判決破棄、差戻し。

「思うに、使用者の解雇権も行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当としてぜにんすることができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当である。・・・・労働組合から除名された労働者に対しユニオン・ショップ協定に基づく労働組合に対する義務の履行として使用者が行う解雇は、ユニオン・ショップ協定によって使用者に解雇義務が発生している場合に限り、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものとして是認することができるのであり、右除名が無効な場合には、前記のような使用者に解雇義務が生じないあ、かかる場合には、客観的に合理的な理由を欠き、社会的に相当なものとして、是認することができず、他に解雇の合理性を裏づける特段の事由がない限り、解雇権の濫用として無効であるといわなければならない」。

解説

 解雇に関する労基法上の規定としては、19条(業務上の負傷・疾病による」療養のために休業する労働者、および、労基法65条に基づき産前産後の休業をとる女性労働者に対する解雇制限)、20条(解雇の予告)、21条(解雇の予告の適用除外)、22条2項(解雇理由の証明書)、89条3号(就業規則における解雇事由の記載)がある(このほか、労基法3条による均等待遇の原則は解雇の場合にも適用されるし、男女雇用機会均等法では、性別を理由とする解雇や女性労働者に対する婚姻を理由とする解雇および妊娠、出産、産前産後の休業の取得を理由とする解雇(6条4号、9条2項・3項)等が禁止されている。

 他方、解雇を一般的に制限する規定は長らく存在せず、民法627条1項に基づく解約の自由がそのまま基本原則となってきた。ただし、判例は、使用者による解約の自由(解雇の自由)のほうはそのまま認めることはせず、権利濫用となる場合には、無効となるという法理を構築してきており(民法1条3項を参照)、それが本判決で「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」と定式化された(解雇権濫用法理)。この法理は、平成15年の労基法改正の際に、労基法で成文化され(旧18条の2)、その後、労契法の制定にともない、同法(16条)にいこうすることとなった。

本判決はによると、解雇権の行使は、ユニオン・ショップ協定に基づき行われる場合には、有効となる。ただし、除名が無効となる場合には、ユニオン・ショップ協定による解雇義務は発生しないので、解雇は無効となる(本判決は、除名の有効性についての審理を尽くすために、事件を原審に差し戻している。)除名処分の有効性についての審理を尽くすために、事件を原審に差し戻している)。除名処分の有効性という組合内部の事情に基づき解雇が無効となるあ、使用者に酷であるようにも思えるが、使用者は、ユニオン・ショップ協定に締結する際に、そのようなリスクも引き受けたと解すべきであろう。(ただし、ユニオン・ショップの有効性とそのものは愚論がある。143三井倉庫港運事件(解説)。また、除名が無効であるため解雇が無効となった場合でも、責めに帰すべき事由(民法536条2項が)ないという理由で免れることができる場合があろう(ただし、清心会山本病院事件ー最1小判昭和59年3月29日は反対)。

 解雇権が濫用とならないケースとしては、このほか、心身の病気等による労働能力の著しい減退や適格性の欠如、著しい規律違反、経営上の理由(整理解雇)があげられる。

労基法3条 (均等待遇)

3条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

労基法16条 (賠償予定の禁止)

16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労基法19条 (解雇制限)

19条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。

② 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

 

労基法20条 (解雇の予告)

20条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

② 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。

③ 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。

労基法21条21条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。

一 日日雇い入れられる者

二 二箇月以内の期間を定めて使用される者

三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者

 

四 試の使用期間中の者

労基法3条 (均等待遇)

3条 使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。

労基法16条 (賠償予定の禁止)

16条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労基法19条 (解雇制限)

19条 使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。

② 前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなければならない。

労基法20条 (解雇の予告)

20条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。

② 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮することができる。

③ 前条第二項の規定は、第一項但書の場合にこれを準用する。

労基法21条21条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。

一 日日雇い入れられる者

二 二箇月以内の期間を定めて使用される者

三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者

四 試の使用期間中の者

労基法22条2項 (退職時等の証明)

22条 労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。

② 労働者が、第二十条第一項の解雇の予告がされた日から退職の日までの間において、当該解雇の理由について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。ただし、解雇の予告がされた日以後に労働者が当該解雇以外の事由により退職した場合においては、使用者は、当該退職の日以後、これを交付することを要しない。

③ 前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。

④ 使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第一項及び第二項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。

 

労基法65条(産前産後)

65条 使用者は、六週間(多胎妊娠の場合にあつては、十四週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。

② 使用者は、産後八週間を経過しない女性を就業させてはならない。ただし、産後六週間を経過した女性が請求した場合において、その者について医師が支障がないと認めた業務に就かせることは、差し支えない。

③ 使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。

労基法89条3号 (作成及び届出の義務)

89条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項

二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項

三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項

五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項

六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項

七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項

八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項

九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項

十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

男女雇用機会均等法6条4号

6条 事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。

一 労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練

二 住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であつて厚生労働省令で定めるもの

三 労働者の職種及び雇用形態の変更

四 退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新

男女雇用機会均等法9条2項3項

9条 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。

2 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。

3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

4 妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

民法1条3項(基本原則)

1条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

3 権利の濫用は、これを許さない。

 

民法627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)

627条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。

 

3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければならない。

民法536条2項(債務者の危険負担等)

536条 前二条に規定する場合を除き、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を有しない。

2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない

47 就業規則に基づく解雇ー高知放送事件

最2小判昭和52年1月31日(昭和49年(オ)165号)

事案の概要

寝過ごしにより、2度の放送事故を起こしたアナウンサーに対する解雇は有効か。

事実

 Y会社は、テレビ・ラジオの放送事業会社であり、XはY会社のアナウンサーであった。Xは、昭和43年2月22日から23日にかけて、Aと宿直勤務に従事したが、寝過ごしたため、23日午前6時からの10分間放送されるべき定時ラジオニュースを放送することができなかった(第1事故)。また、同年3月7日から8日にかけて、Bと宿直勤務に従事したが、寝過ごしたため、8日午前6時からの定時ラジオニュースを約5分間、放送できなかった。(第2事故)。Xは、この8日の事故について、上司に事故報告をしておらず、1週間後にこれを知ったC部長から、事故報告書の提出を求められ、事実と異なる事故報告書を提出していた。Y会社は、Xの以上の行為は、就業規則所定の懲戒事由に該当するので、懲戒解雇とすべきところ、再就職など将来を考慮して普通解雇とした(なお、Y会社の就業規則15条には、

1号「精神または身体の障害により、業務に耐えられないとき」、

2号「天災事変その他已むを得ない事由があるとき」、

3号「その他、前各号に準ずる程度の已むを得ない事由があるとき」

という普通解雇事由が定めらていた)。

Xは、解雇は無効であるとして従業員としての地位の確認を求めて訴えを提起した。1審および原審ともに、本件解雇は解雇権の濫用に当たり無効としたため、Y会社は上告した。

判旨 上告棄却(Xの請求認容)

 Xの行為は、就業規則15条3号所定の普通解雇事由に該当する。「しかしながら、普通解雇事由がある場合においても、使用者は常に解雇しうるものではなく、当該具体的な事情のもとにおいて、解雇に処することが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認するすることができないときは、当該解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になるというべきである。

 「本件においては、Xの起こした第1、第2事故は、定時放送を使命とするY会社の対外的信用を著しく失墜するものであり、また、Xが寝過ごしたという同一態様に基づき特に2週間以内に2度も同様の事故を起こしたことは、アナウンサーとしての責任感に欠け、更に、第2事故直後においては、率直に自己の非をを認めなかった等の点を考慮すると、Xに非がないということはできないが、他面・・・・本件事故は、いずれもXの寝過ごしという過失行為によって発生したものであって、悪意ないし故意によるものではなく、また、通常は、ファックス担当者が先に起き、アナウンサーを起こすことになっていたところ、

本件第1、第2事故ともファックス担当者においても寝過ごし、定時にXを起こしてニュース原稿を手交いしなかったのであり、事故発生につき、Xのみを責めるのは酷であること、Xは第1事故については直ちに謝罪し、第2事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべく努力したこと、第1、第2事故ともに寝過ごしによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと、Y会社において、早朝のニュース放送に万全を期すべき何らの措置を講じていなかったこと、1階通路ドアの開閉状況のXの誤解があり、また、短時間内に2度の放送事故を起こし気後れしていたことを、右の点を強く責めることはできないこと、Xはこれまで、放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くもないこと、第2事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、等の事実があるというのであって、右のような事情のもとにおいて、Xに対し、解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないとかんがえられる余地がある」。

解説

就業規則の定める解雇事由(労基法89条3号)に該当する場合においても、その解雇が当然に有効となるえではなく、解雇権濫用法理(労契法16条)に服することになる(判旨)。

本件は、労働者に帰責性があるケースであったが、最高裁は、労働者に有利な事情をできるだけ拾い上げて、解雇を無効と判断した(判旨)。」これにより、解雇権濫用法理は、終身雇用を前提としている正社員に対する解雇を、きわめて限定する法理として定着することになる。

労基法89条3号 (作成及び届出の義務)

89条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項

二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項

三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項

五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項

六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項

七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項

八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項

九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項

十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

労契法16条(解雇)

16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

48 能力不足を理由とする解雇ーセガ・エンタープライズ事件

東京地決平志恵11年10月15日(平成11年(ヨ)21055号)

事案の概要

能力不足を理由とする解雇は、どのような場合に有効となるか。

事実

 Xは、Y会社において、人材開発部人材教育課、企画制作部企画制作第一課、開発業務部国内業務課等の部署を次々と異動を命じられたが、その後、所属部署から、与える仕事がないと通告され、他の部署での仕事も見つからなかったので、退職勧告を受けた。

Xはこの退職勧告を受け入れなかったため、Y会社は就業規則19条1項2号の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」という解雇事由にあたるとして、Xを解雇した。なお、Xの人事考課の従業員は、約3500名の従業員のうち、200名であった。Xは、解雇は無効であるとして、従業員としての地位保全等の仮処分を申請した。

決定要旨  一部認容、一部却下

「Xが、Y会社の従業員として、平均的な水準に達していなかったからといって、直ちに本件解雇が有効となるわけではない。・・・・

 就業規則19条1項各号に規定する解雇事由をみると、「精神又は身体の障害により業務に堪えないとき」、「会社の経営上やむを得ない事由があるとき」など極めて限定的な場合に限られており、そのことからすれば、2号についても、右の事由に匹敵するような場合に限って解雇が有効となると解するのが相当であり、2号にがいとうするといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みががないときでなければならないというべきである。

 Xについて、検討するに、確かに・・・・平均的な水準に達しているとはいえないし、Y会社の従業員の中で、下位10%未満の考課順位ではある。

しかし、・・・・右人事考課は、相対評価であって、絶対評価でないことからすると、そのことから直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがない」というのは、右のような相対評価を前提とするものと解するのは妥当でない。・・・・就業規則19条1項2号にいう「労働能率が劣り、向上の見込みがない」というのは、右のような相対評価を前提とするものと解するのは相当でない。すでに述べたように、他の解雇事由との比較においても、右解雇事由は、極めて限定的にかいされなければならないのであって、常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできないからである・・・・

 Y会社としては、Xに対し、更に体系的な教育、指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり・・、いまだ「労働能率が劣り、向上の見込みがない」ときに該当するとはいえない。・・・・

 したがって、本件解雇は、権利の濫用に該当し、無効である」。

解説

 本決定は、労働者の能力不足による解雇について、就業規則の解雇事由の解釈を、他の解雇事由との権衡を考慮して限定的におこなうべきであるとした。具体的には、労働能率が「著しく」劣る場合でなければならないし、相対評価による考課順位だけからの判断であってはならず、また、「向上の見込みがない」は、体系的な教育や指導によって、労働能率の向上を図る余地があれば、これに該当しないとしている。

 職種の限定のない正社員においては、求められる能力は、使用者が配転と教育訓練をとおして習得させることが想定されている。そのため、使用者は、特定の職種で専門性がないと判断しても、配転や教育訓練により雇用関係の維持に努力する必要があるとされている。本件では、この面での使用者の努力が不十分であったとされた(最近の同旨の裁判例として、日本アイビーエム4事件ー東京地判平成28年3月28日。一方、5年にわたる指導をしても全く改善がなかったケースで解雇を有効とした裁判例として、日本ヒューレット・パッカード事件ー東京高判平成25年3月21日)。

なお、一定の高い能力に着目して労働者が採用されている場合は、職種の限定が(黙示的であれ)されていることが多く、そうなると使用者の配転命令権が制限されているので、能力不足による解雇は認められやすくなる(フォード自動車事件ー東京高判昭和59年3月30日)。専門性の高い職種についても同様である(例えば、医師について、A病院事件ー福井地判平成21年4月22日、学習塾の講師について、類設計室事件ー大阪地判平成22年10月29日)。ただ、そうした職種の労働者であっても、能力評価基準が明確になっていなければ、容易には解雇は認められないこともある(ブルームバーグ・エル・ビー事件ー東京高判平成25年4月24日等も参照)。

49 信頼関係の喪失を理由とする解雇ー敬愛学園事件

最1小判平成6年9月8日(平成5年(オ)734号)

事案の概要

経営者の信用を失墜させる行為をした労働者に対する解雇は有効か。

事実

 Xは、学校法人Y学園に雇用され,社会の授業を担当してきた教諭である。Y学園は、Xの遅刻が他の教員に比べて際立って多いこと、入学試験のときに注意事項を聞き漏らして担当教室の受験生に再試験を余儀なくさせたこと、教育研修会において社会奉仕活動をテーマに研究発表する旨の業務命令に従うことを拒否するなど、Y学園の学校運営および教育方針にことごとく反発してきたことを理由として解雇を行った。Xはこの解雇は、不当であるとして、地位保全等の仮処分を申請した。Xは、仮処分申請前に、弁護士会等に宛てて文書を送付しており、そこには、Y学園やその校長が不正行為や不当な労務管理を行っていたような印象を与える記述や校長の人格を攻撃するような記述や校長の人格を攻撃するような記述が含まれていたが、Xはこれを真実と真実に足りる資料を有していなかった。

さらに、Xは前記文書の内容を週刊誌の記者に伝え、その後、Xの言い分を引用する内容の記事が掲載されるに至った。

 そこで、Y学園は、就業規則中における「勤務正式がよくないとき」(1号)、「第2号に規定する外、その職務に必要な適格性を欠く場合」(3号)、「その他前各号に準ずるやむ得ない事由がある場合」(5号)という普通解雇事由に該当することを理由に、最初の解雇を撤回したうえで、改めて、本件解雇の意思表示をした。Xは、本件解雇は無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認を求めて訴えを提起した。1審および原審ともに、Xの請求を認容したため、Y学園は上告した。

判旨  原判決破棄、自判(Xの請求棄却)

 Xは本件文書により、Y学園の学校教育および学校運営の根幹にかかわる事項につき、虚偽の事実を織り混ぜ、または、事実を誇張湾曲して、Y学園および校長を非難攻撃し、全体としてこれを中傷誹謗したものといわざるをえない。さらに、Xの週刊誌記者に対する情報提供行為は、問題のある情報が同誌の記事として社会一般に広く流布されることを予見ないし意図してされたものとみるべきである。以上のようなXの行為は、校長の名誉と信用を著しく傷つけ、ひいてはY学園の信用を失墜させかねないものというべきであって、Xとの間の労働契約上の信頼関係を著しく損なうものであることが明らかである。したがって、本件解雇は、権利の濫用には該当しない。

解説

 労働能力が著しき欠如する場合だけでなく、職務の遂行に必要な適格性を欠く労働者に対する解雇も、有効と認められる可能性がる。その場合でも単に適格性を欠くという理由だけでは、労働能力の欠如の場合と同様、解雇は権利濫用とされる場合が多い→48セガ・エンタープライズ事件)。しかし、本件のように、経営者の信用を失墜させる行為を行うなどして、労働関係上の信頼関係を著しく損なえば、解雇が有効とされる可能性は高くなる。

 適格性の欠如という場合、ある特定の職務の遂行における適格性に欠けるという場合もあるが、本件のように、その会社の従業員として職務を遂行していくうえで求められる資質に欠けるという意味での適格性に欠けるという場合もありえよう(後者のタイプの適格性の欠如としては、このほか、頻繁な遅刻・早退や重要な経歴の詐称等があげられよう)。協調性の不足も解雇事由にあげられることが多いが、これだけでは解雇の合理的な理由とは認められにくいであろう。

このほか、解雇が権利濫用とならない場合の典型例として、著しい規律違反の場合があげられる。本件のような使用者への誹謗中傷は、規律違反を理由とする解雇として、有効性が認められる可能性もある(大通事件ー大阪地判平成10年7月17日等も参照)。なお、このタイプの解雇は、懲戒処分としての機能をもつこともあり、実際上は、懲戒解雇に次ぐ重い懲戒処分として位置づけられていることがある(普通解雇とすることにより、退職金が支給されることになる場合が多いので、懲戒解雇よりも労働者の受ける不利益が小さい処分となる)。

50 就業規則に記載された解雇事由の意味
ナショナル・ウエストミンスター銀行(第3次仮処分)事件

東京地決平成12年1月21日(平成11年(ヨ)21217号)

事案の概要

会社の経営戦略の転換により担当業務がなくなった労働者に対する解雇は有効か。

事実

 Xは、外資系のY銀行の東京支店で、アシスタント・マネージャ^として、貿易金融業務に従事していた。Y銀行は、その属するグループが経営戦略を転換したことから、Xの担当業務がなくなり、かつ他に配転しうるポジションもなかったため、Xに特別退職金の支給の提示や関連会社への職務転換を提案したが、Xはこれを拒否した。さらに、Y銀行は、賃金の大幅減額をともなう一般事務職のポジションも提示したが、これもXが拒否したため、最終的にXを解雇した。

Xは地位保全の仮処分を申請した。

 なお、Y銀行の就業規則29条には「解雇」の表題のもとに解雇事由が列挙されているが、それらの事由は、いずれも、従業員の職場規律違反行為、従業員としての適格性の欠如等、従業員に何らかの落ち度があることを内容とするものであって、経営上の理由による解雇事由は含まれていなかった。

決定要旨 申立て却下。

 「現行法制上の建前としては、普通解雇については、解雇事由の原則が妥当し、ただ、解雇権の濫用に当たると認められる場合に限って、解雇が無効になるというものであるから、使用者は、就業規則所定の普通解雇事由に該当する事実が存在しなくても、客観的に合理的な理由があって解雇権の濫用に当たらない限り、雇用契約を終了させることができる理がある。そうであれば、使用者が、就業規則に普通解雇事由を列挙した場合でうても、限定列挙の趣旨であることが明らかな特段の事情がある場合をのぞき、例示列挙の趣旨と解するのが相当である」。

 「余剰人員の削減対象として、雇用契約の終了を余儀なくされる労働者にとっては、再就職までの当面の生活の維持に重大な支障を来すことは必定であり、従来日本企業の特徴とされた終身雇用制が崩れつつあるとはいえ、雇用の流動性を前提とした社会基盤が整備されているとは言い難い今日の社会状況に照らせば、再就職にも相当の困難がともなうことが明らかであるから、余剰人員を他の分野で活用することが企業経営上合理的であると考えられる限り、極力雇用の維持を図るべきで、これを他の分野で有効に活用することができないなど、雇用契約を解消することにつて、合理的な理由があると認められる場合であっても、当該労働者の当面の生活維持及び再就職の便宜のために、相応の配慮を行うとともに、雇用契約を解消せざるを得なくなった事情について当該労働者の納得を得るための説明を行うなど、誠意をもった対応をすることが求められる」。

解説

 労基法89条3号は、就業規則における必要記載事項として、解雇に関する事由をあげている。したがって、解雇事由を就業規則に記載することは、使用者の義務である。それでは、使用者が就業規則に記載していない解雇事由に基づいて解雇を行うことは、認められるのであろうか。

 この点については、限定列挙説と例示列挙説の対立がある。限定列挙説とは、使用者が就業規則に解雇事由を記載した場合は、自らがそれらの事由に解雇の自由を制限したことになるので、記載された以外の事由による解雇は許されないという見解である。(たとえば、寿建築研究所事件ー東京高判昭和53年6月20日)。これに対して、例示列挙説は、解雇権濫用法理(労契法16条)は、解雇事由の原則を基礎として、それを制限する法理にすぎないので、就業規則の解雇事由に該当する事実がなくても、客観的合理的な理由があれば解雇はできるというものである。決定要旨は、後者の立場である。

限定列挙説においても、解雇事由として一般条項を置くことは否定しないので、解雇事由を限定しすぎるという批判はあたらない。そして、就業規則における解雇事由の記載義務の意義を重視して、限定列挙説をとるべきとする有力説もある。もっとも、解雇事由の記載義務はあくまで公法上の義務であり、それに解雇の自由の制限という重大な私法上の効果まで認めるのは行きすぎであるという批判もある。

 決定要旨は、整理解雇の有効性について、従来の裁判例にない独自の判断枠組みを示したものである。特に注目されるのは、労働者の当面の生活維持および再就職の便宜のために相応の配慮を行うことを判断要素としている点である。解雇後の不利益を軽減する措置をとることに」重点を置く判断枠組みせある。本件では、退職金の上乗せを提示したり、再就職が決まるまで金銭的援助を約束したりしている点から、こうした相応の配慮をしたものと判断されている。また、労働者の納得を得るための説明を行うなどの誠意をもった対応をするという解雇に至るまでのプロセスに着目する判断をしていることも注目される。

労基法89条3号(作成及び届出の義務)

89条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。

一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項

二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項

三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項

四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項

五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項

六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項

七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項

八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項

九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項

十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

労契法16条(解雇)

16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

本資料の作成につきましては、私が尊敬申し上げております大内 伸哉一先生の「最新重要判例200労働法第5版」を参考に、私のお客さまへのプレゼン資料として、作成させていただきましたので、その旨、記載させていただきます。

お気軽にお問合せください

お電話でのお問合せ・相談予約

090-6483-3612

フォームでのお問合せ・相談予約は24時間受け付けております。お気軽にご連絡ください。

新着情報・お知らせ

2021/02/19
ホームページを公開しました
2021/02/18
「サービスのご案内」ページを更新しました
2021/02/17
「事務所概要」ページを作成しました

井上久社会保険労務士・行政書士事務所

住所

〒168-0072
東京都杉並区高井戸東2-23-8

アクセス

京王井の頭線高井戸駅から徒歩6分 
駐車場:近くにコインパーキングあり

受付時間

9:00~17:00

定休日

土曜・日曜・祝日